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がっかりしない旅行先選び~旅はいつか力をくれる

縮小傾向の国内旅行ビジネス。しかし、旅は旅なりの「効能」があるという……

南雲朋美 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

旅の楽しみ方1:事前に期待値をあげない

 少し話がそれますが、旅行産業で仕事をしていた一人として、旅の満足度をあげるためのポイントを挙げてみましょう。

 一つ目は、事前に期待値を上げ過ぎないことです。

 旅行は、貴重な自分の時間を使い、旅費もそれなりにかかります。もし、大切な人と一緒だとしたら、それこそ失敗はできません。それゆえに、多くの人たちが、旅サイトや宿サイト、口コミを入念にチェックしてから、どこに泊まるかを決めています。

 しかし、実際に、その宿に行ってみると、口コミほどきれいではなかったり、サービスが行き届いていなかったりしてがっかりすることもあるのではないでしょうか?

 どんな属性の人がどんな目的でその宿を訪問したかも分からない状態で、ネット上の評価を見ても、自分には当てはまらないことが多いのではないかと思います。もしかすると、写真などでイメージや期待値を膨らませ過ぎていたのかもしれません。

 満足度は「あなたが事前に思い描いている期待値が実際の商品やサービスで超えた場合の差分」になります。

 例えば、あなたの事前の期待が100だとして、実際のサービスが90だとしたら、満足度はマイナス10になります。

 宿泊料金が高ければ、豪華な部屋や食事がでることを想起したり、有名ブランド旅館であればVIPのようなサービスを期待したりしませんか? しかし、宿泊事業者や旅行会社にしてみれば、一人でも多くの人に利用してもらおうとあの手この手で工夫するものなのです。

 従って、事業者側の戦略を踏まえて、旅する側はイメージを膨らませ過ぎないことが重要になります。

誰が評価した情報なのかが大切

 今回の東北旅は、事前にSNSを利用して友人や知人からオススメの宿やレストランなどの情報を集めて行き先を決めました。予約をするため、インターネットで電話番号と住所は調べましたが、どんな宿なのかなどの詳しい情報やネット上の口コミ、評価は一切見ずに決めました。

 SNSがなかった時代には、口コミや評価などはとても参考になりました。ですが、広告やステルスマーケティングなどで情報が玉石混交になっている今は、少しアナログ的ではありますが、SNS経由で友人や知人に聞くのが一番確実だと思います。

 実際、今回の旅は想像と異なる宿もありましたが、ガッカリ感は全くなく、実に楽しいものでした。

旅の楽しみ方2:歩くか自転車か車なら下道を

 観光という言葉には「土地の光を見る」という意味があります。光というのは知識や知恵という意味なので、つまり、旅行先の地域をよく観察して、優れた部分を学ぶ、という意味だと解釈できます。

 先日の東北旅行で訪れた福島県の店で、「ここのへ」という実に風情のあるパッケージのある商品が目にとまりました。

拡大「ここのへ」。福島の会津地方で「飲む」お菓子として120年以上前より愛されている=南雲さん提供

 どうやって食べるのかと手にとって思案していたところ、近くにいた女性が「白湯では寂しい時に少し入れるのよ。そうすると、ふわっと浮き上がってきて、美味しいの」と教えてくれました。他にも「小さい頃、風邪をひいたときによく、これを飲まされたわ」とも言っていました。こうなるとがぜん飲みたくなり、思わず買ってしまいました。

 私個人としては、気になった場所に立ち寄りながら、こういった交流や知識を得られるのが旅の醍醐味だと思っています。そのため、高速道路は使わずに、下道だけで神奈川県→茨城県→福島県→宮城県→岩手県→青森県→秋田県→山形県→新潟県まで総走行距離1664キロを旅してきました。

土地の価値観と魅力を尊重した地域ビジネス

 今回の東北旅行では、東日本大震災で津波の被害にあって復興した、岩手県の三陸海岸にある「宝来館」に泊まることにしました。

 宝来館の被害は、当時、何度もテレビで見ていたので、どんな顔をして泊まったらいいのだろうかと気後れしていました。しかし、「ここの旅館はいいぞ!」と、星野リゾートで同僚だった佐藤大介さんが勧めてくれたので行ってみました。佐藤さんは、宝来館の再生のため、手弁当でサポートした一人です。そして、ついには会社を辞めて、東北を応援する会社を立ち上げてしまいました。

 あいにく女将さんは不在でしたが、部長を務めている義理の息子さんの松田一角さんとお話しすることができました。

 わかったのは、旅館が大変な被害にあったにも関わらず女将さんは、地元を元気づける存在だったということ。旅館再生では、万単位の人たちのサポートがあったということ。そして、今は、補助金の返済などで難儀しているようですが、佐藤さんのおかげで経営改善が図られていること、などでした。

 話を聞きながら、頭をよぎったのは、「なぜ、ここで営業を続けるのだろうか」という疑問でした。恐らく「再建してほしい」という声と同じくらいに「やめたほうがいい」という声もあったと思います。正直、私も思いました。

 しかし、松田さんとお話をして、彼らにとっては、この場所でなければならない理由があり、この土地で生きていくという覚悟がわかったのです。そして、佐藤さんはその価値観を尊重し、自分もまたその土地に魅力と価値を見出してスタッフと一緒になってまい進していることもわかりました。

 こうしたことは、現地に来たからこそ分かる魅力だったのです。

多様な価値観を知ることが人を育てる

 今、持続可能な社会を目指そうと様々なところで色々な取り組みが行われています。その根底には、異なる価値観があることを知ることであり、私はそこから始まるのだと思っています。

 海外旅行で出会う差異は、そこで暮らす人たちの国籍も言葉も人種も私たちと違うため、受け入れやすいのだと思います。同じような価値観を持っていると思っている日本国内でも、こうして旅をすると想像以上の差異があることがわかります。

 震災復興が着々と行われている美しい三陸海岸を車で走りながら、編集長が言った「旅をすると、世界には様々な価値観があることがわかります。多様な価値観があることを知るだけでいい。それはいつかあなたの役に立ちます」という言葉を思い出しました。


筆者

南雲朋美

南雲朋美(なぐも・ともみ) 地域ビジネスプロデューサー 慶應義塾大学・首都大学東京非常勤講師

1969年、広島県生まれ。「ヒューレット・パッカード」の日本法人で業務企画とマーケティングに携わる。34歳で退社後、慶應義塾大学総合政策学部に入学し、在学中に書いた論文「10年後の日本の広告を考える」で電通広告論文賞を受賞。卒業後は星野リゾートで広報とブランディングを約8年間担う。2014年に退職後、地域ビジネスのプロデューサーとして、有田焼の窯元の経営再生やブランディング、肥前吉田焼の産地活性化に携わる。現在は滋賀県甲賀市の特区プロジェクト委員、星野リゾートの宿泊施設のコンセプト・メイキングを担うほか、慶應義塾大学で「パブリック・リレーションズ戦略」、首都大学東京で「コンセプト・メイキング」を教える。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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