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日米貿易協議の「最終合意」をめぐる数々の疑問

日米政府が正式に署名した日米貿易協定。国会での本格論戦を前に中身を考える

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

米国にとっては間違いなく勝利

 今回の合意内容を米国側から見た場合、日本が譲歩し過ぎだという指摘があるように、少なくともトランプ政権にとっては得るものが大きいことは間違いない。

 米国は、トランプ大統領が自ら公約として掲げたTPP離脱により、TPP加盟国との取引において関税など条件面で不利になっていた。特に農産品は、TPP加盟国中で最大の市場となる日本向け輸出において、オーストラリアやニュージーランド、カナダなどにシェアを奪われる恐れがあり、再選を目指すトランプ大統領にとって重要な米国中西部の主力生産品だけに、看過できない状況であった。

 代表的な例を挙げると、日本の牛肉の輸入量は、2019年上半期(1~6月)に米国からは前年同期比5%程度の増加にとどまっているが、カナダは93%、ニュージーランドは46%もの大幅増となっている。それでも米国からの輸入量はカナダの6.7倍、ニュージーランドの11.5倍と圧倒的な規模の違いはあるが、増加幅に着目すれば、米国は前年同期比で6000トン弱の増加に対して、カナダは8000トン強と米国を凌駕(りょうが)しており、ニュージーランドでも3000トン強と半分に達しているため、米国にとっては警戒すべき動きと言える。

 農産品全体で見れば、今回の合意によって米国から日本への輸出141億ドル(約1兆5,200億円、2018年)のうち72億ドル(約7800億円)相当で関税が引き下げられ、そのうち13億ドル相当は関税が撤廃される。

 これまで、全体の約4割にあたる52億ドルが既に非関税であったが、今回の合意分を加えると、日本への農産品輸出全体の半分近く(65億ドル)が非関税となり、税率引き下げを含めると9割弱が関税面での恩恵を受けることになる。TPPでの劣勢を挽回するには十分な成果であろう。

TPP離脱のデメリットを取り返しただけだが……

 米国は、トランプ大統領就任後、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しや中国との貿易協議を進めてきたが、NAFTAは昨年11月にその後継となるUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に署名したもののいまだ各国の批准待ち。米中の貿易協議も紆余曲折を経て、先日、ようやく合意に向けて一歩前進した程度である。

 欧州との間では、ボーイング、エアバスへの補助金を巡り対立。米国はWTO(世界貿易機関)の承認を得て、エアバスへ補助金を出したEUに最大で年間75億ドル(約8,000億円)の報復関税を検討するなど、対立はむしろ激しさを増す方向にある。

 そうした状況下、トランプ政権にとって、貿易交渉で具体的成果を初めて得たことは大きな収穫である。もともとTPPを離脱したことで生じたデメリットを取り返しただけ、ある意味で自作自演の成果ではあるが、本人も言う通りトランプ政権にとっては大きな勝利だと評価できよう。

拡大日米貿易協定の署名を終えた杉山晋輔駐米大使(前列左)とライトハイザー米通商代表(同中央)、それを見守るトランプ米大統領(同右)=2019年10月7日、ワシントン

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筆者

武田淳

武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠総研チーフエコノミスト

1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、伊藤忠経済研究所、伊藤忠総研でチーフエコノミストをつとめる。

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