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日米貿易協議の「最終合意」をめぐる数々の疑問

日米政府が正式に署名した日米貿易協定。国会での本格論戦を前に中身を考える

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

日本の当初の目的に照らしてみると

拡大日米貿易協定をめぐるライトハイザー米通商代表との会談を終え、取材に応じる茂木敏充外相=2019年9月23日、ニューヨーク
 日本にとってはどうだろうか。

 先述の通り、農産品や工業製品の一部で関税を撤廃・引き下げられるわけであり、勝ち取ったものは確かにある。しかしながら、それが十分な成果だったのかどうか、何らかの基準で測る必要があろう。

 一つの基準となり得るのは、当初の目標である。交渉の初期段階において、日本政府からは、トランプ政権は具体的な成果を急いでいるため強気な交渉が可能であり、農産品関税についてTPPの範囲内とすることのほか、現在、乗用車に2.5%、トラックに25%、関連部品に2.5%課せられている関税の撤廃も目指せるのではないか、という声が聞かれた。

 しかしながら、実際には後者はかなわず、協定文章の別紙に「さらなる交渉の対象となる」と記されるにとどまった。これは、継続協議とするかもしれないという程度であり、可能性がなくなったわけではないものの、勝算があるわけでもない。当初の目標に照らせば、勝利とは言い難いだろう。

不安を残す「現時点で」という表現

 自動車に関しては、トランプ大統領の伝家の宝刀と化しつつある「米国通商拡大法232条」の適用を回避できたことを勝利ととらえる向きもある。補足すると、同法は米国が安全保障上の問題があると判断する輸入に対して、高関税などによる制限を一方的に設けられるとするものであり、この法律に基づいてトランプ大統領は、自動車及び部品に最大25%の追加関税を課すかどうかの検討を今年2月に始めた。

拡大Raggedstone/shutterstock.com
 ちなみに、その対象は日本だけでなく、全世界である。当初は実施するかどうかを5月17日までに決めるとしていたが、期限を180日延期し、現時点では11月13日までに実施を判断することになっている。

 仮にこの追加関税が実施されれば、米国を最大の輸出先とする日本の自動車産業にとって大きな打撃になるたけでなく、マクロ的にもその影響は無視できない。

 日本の対米輸出は2018年で15.5兆円、輸出全体の19%を占めたが、そのうち部品を含めた自動車は5.5兆円、対米輸出全体の35%にも上る。この額はGDPの約1%に相当するため、仮に追加関税によって対米自動車輸出が2割落ち込むとすれば、それだけでGDPを0.2%押し下げることになる。

 さらに、原材料調達や設備投資、雇用などを通じた波及効果を加えれば、その下押し圧力は倍増する。もし、米国の追加関税による影響が東京五輪後に見込まれる景気の足踏みと重なれば、日本経済は後退局面入りする可能性も否定できない。

 先日の日米首脳会談における共同声明には、この米国通商拡大法232条に関して、今回の「協定が誠実な履行がなされている間」は「本共同声明の精神に反する行動を取らない」と明記されており、日本政府はこれを232条の適用除外を示すものとしている。

 実際、担当閣僚であるライトハイザーUSTR(米国通商代表部)代表は首脳会談後、「我々もトランプ大統領も、現時点で日本車に追加関税を課すことは考えていない」と話しており、口頭では確認できている。とはいえ、今回署名された文章には記されておらず、「現時点で」という表現とともに、一抹の不安を残す。諸手を挙げての勝利とはとても言えない状況である。


筆者

武田淳

武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠総研チーフエコノミスト

1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、伊藤忠経済研究所、伊藤忠総研でチーフエコノミストをつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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