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ボリス・ジョンソンの譲歩~舞台は英議会へ

英国首相は北アイルランドと英国本土の間に国境を引く選択をEUに飲まされた

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

ブレグジット問題の本質

 これまで私は、ブレグジット問題の本質は、真の離脱(ブレグジット)のためには国境における通関処理などが必要であるのに対し、それを行うとアイルランドと英領北アイルランドとの間のヒトやモノの移動が制限されアイルランド紛争の再発の恐れがでてくることだと解説してきた。ブレグジットをしようとすると国境管理が必要になり、アイルランド紛争の再発を防止しようとすると国境管理をすべきではないという両立不可能な課題を処理しなければならないというものである。どちらかを採ると、他方を捨てるしかない。

 ジョンソン首相の前の首相だったテレーザ・メイがEUと合意した協定案は、アイルランドとの国境問題を重視・優先して、ブレグジットを二の次にしたものだった。具体的には、2020年末までの移行期間までに新たな関係についての合意が得られない場合には、イギリス全体がEUの関税同盟(域内の関税をゼロにするという点では自由貿易協定と同じだが、域外に対する関税を統一する点が異なる)にとどまるうえ、域内の基準や規則をEUで統一し、ヒト、モノ、カネの移動を自由にする単一市場の原則を北アイルランドには今まで通り適用し、イギリス本土にはEU類似の基準や規則を適用しようとするものだった。

 これが“バックストップ”と言われるものである。

 アイルランド紛争の再発を防止し、EUの関税同盟と単一市場を守るという、EUの立場を受け入れたものだった。イギリスが離脱をお願いするという立場からすれば、当然の帰結だった。

 ブレグジットについてはイギリスの動向が報道されるが、主導権を握っているのはEUである。イギリスでも取材の対象としてテレビなどに出てくるのは、EUの首席交渉官のミシェル・バルニエばかりで、イギリスの交渉官はほとんど出てこない。

バックストップが反対された理由

 しかし、イギリス国内では、二つの立場からバックストップに反対が表明され、メイの協定案は3度に亘りイギリス議会で否決され、承認が得られなかった。

 一つは、ブレグジット派からの、これはブレグジットではないという当然の批判である。EUから抜けたのに、EUの規則に縛られてしまう。ブレグジットでEUの外に出たイギリスが、一切の決定権を持たなくなったEUが作る規則に従うことになる。これでは主権を回復しようとして、かえって主権を制限してしまうことになる。

 また、EUとイギリスが域外国に対しては共通の関税を適用する関税同盟にとどまるということは、対外的な関税の決定権はEUにあるので、イギリスが自国の関税を下げてほかの国と自由貿易協定を結ぶことはできなくなる。これまた関税の自主決定権を取り戻すという目的に反してしまう。イギリスと自由貿易協定を結びたいトランプも反対した。

 もう一つは、北アイルランドでイギリスとの結びつきを重視するプロテスタント系のDUP(Democratic Unionist Party)という政党からの反対である。

 これは単一市場の原則の取り扱いがイギリス本土と北アイルランドとでは異なることを問題にした。DUPは10しか議席を持たない少数政党であるが、与野党の議席数が伯仲している中では、議決を左右する力を持った。DUPは保守党と連立与党となっているのに、3度の議決のいずれでも反対票を投じた。

ボリス・ジョンソンの提案とEU

 こうした中で首相になったボリス・ジョンソンは、当初合意なき離脱でも構わないと判断し、まともな提案をEUに行ってこなかった。それが、離脱期限が迫るようになって、合意なき離脱による混乱を恐れたのか、ようやく真剣に提案を行うようになった。

 最初の提案は、北アイルランドにはモノの流通を中心に単一市場の原則を適用するが、通関処理は国境ではなく別のところで行うというものだった。EUの規則の適用という点では、北アイルランドにもEUの規則、単一市場の原則が適用されるので、北アイルランドとアイルランドの国境管理は必要ではない。しかし、関税については、国境はあるのだが、そこでは通関処理を行わないという提案だった。DUPに配慮して、北アイルランドへの単一市場の原則の適用については、北アイルランド議会が拒否権を持つとした。

 しかし、このような通関処理のやり方についてはEU側の納得が得られなかった。国境では通関処理だけ行うのではない。麻薬がイギリスに入り、そこから北アイルランドを通じてアイルランドに入ることを規制できなくなる。また、北アイルランド議会の拒否権についても、EUに拒絶された。これでは、EUとして交渉・合意しても、ご破算にされてしまうおそれがあるからである。


筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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