悲観的にならない「老後レス社会」の条件
段階的に賃金カーブのピークを下げ、モチベーション低下を避ける賃金体系の変更が必要
岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

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定年という概念が揺らぎ、高齢者になっても働くことが求められる時代が訪れようとしています。『単身急増社会の希望』の著者で知られる藤森克彦さん(みずほ情報総研主席研究員、日本福祉大学教授)は、現役時代が長くなることをそれほど悲観的になる必要はないと言います。ただし、それには、いくつかの条件があるようです。
老後がなくなるというわけではない
――超高齢化による人口減社会を迎え、セーフティーネットである社会保障の維持が負担になっています。元気なうちは働き続けなければならない社会、いわゆる「老後レス社会」の入り口に、私たちは立っています。この「老後レス社会」に向かって進んでいく日本社会について、どのようなイメージを持っていますか。
私は現役時代が長期化する社会を、それほど悲観的には考えていません。老後レス社会を言い換えると、就労できる現役期間が以前に比べれば長くなる社会であり、老後がなくなるというわけではありません。平均寿命が延び、医学的にも高齢者の体力が以前より向上していることが実証されています。
そうであれば、元気で働けるうちは働いて、働けなくなったら年金などに頼りながら生活を送る。しかも、公的年金制度に目を向けると、年金の受給開始時期を65歳よりも後にすると、65歳からもらい始めるよりも年金額が割り増しされる制度があります。長く働けば、老後は亡くなるまで割り増しされた年金額を受給できます。
一方で、現役時代の長期化について、社会の方で対応すべき課題はあると思います。一つは就労環境の整備です。働く意欲を持つ高齢者が働き続けるようになるには、定年年齢を65歳よりも引き上げるなど、段階的に労働法制や労働慣行を変えていく必要があります。
他方、高齢期の健康状況は個人差が大きいので、働きたくても働けない人がいることを考えなくてはいけません。働きたいと希望している人に就労の場を用意し、働けない人には社会参加ができるように、地域に居場所を作るような方策が必要だと思います。

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高齢期は体力面でも経済面でも個人差が大きい
――悲観的にならない社会にするための条件はあるのでしょうか。
例えば、週5日勤務が難しい高齢者には、週3日勤務といったプチ就労ができるように、柔軟な働き方を整備することに力を入れていくべきです。また、現役時代が長期化していくことに対応して、働く人たちがスキルアップできるように、企業がサバティカル(仕事を離れた長期休暇)のような機会を中年期に設けることも良いでしょう。さらに、高齢期は体力面でも経済面でも個人差が大きいので、その点への留意は不可欠です。
現行の公的年金制度では、実質的に60歳~70歳まで受給開始年齢を選択できるようになっています。もし65歳よりも前に受給を始めれば、年金額は65歳から受給を始めた場合に比べて割り引かれるのですが、健康や経済上の理由によって60代前半から受給を始めたいという切実なニーズもあります。今後も下限の60歳から受給を選択できる制度は維持していくべきだと思います。
このような社会の側の対応を前提にすれば、現役期が長期化する社会をそれほど悲観すべきではないと思います。働くことは、経済的困窮を防ぐことのみならず、社会的孤立の防止という点からも意義があります。また、働くことだけではなく、ボランティア活動など広い意味での社会参加が必要だと思います。
親と同居する中年未婚者への対策も急務
――老後レス社会は、今高齢者と言われる世代の人たちだけでなく、40代や50代の人たちにも響く言葉です。例えば、非正規雇用の40代、50代の人たちが、親の年金や同居生活によって支えられている現実があります。高齢単身世帯の予備群とも言えます。
1995年と2015年の『国勢調査』を比較すると、40代、50代の人口は6%ほど減っていますが、この年齢階層の未婚者は大幅に増えています。
親と同居する中年未婚者が約3倍、一人暮らしの中年未婚者は約2倍になりました。そして親と同居する中年未婚者は、年収100万円未満といった低所得者の比率が、単身世帯の中年未婚者よりも高く、親が主たる生計者になっている場合が多くなっています。
無職者の割合が高いという特徴もあり、親と同居する中年未婚者への対策も急務だと思います。

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