リブラが普及するほど各国中央銀行の利益は減る。政府の特権に正面から挑戦している
2019年11月09日
今年の6月、フェイスブックがデジタル通貨「リブラ」の発行構想を発表した。
だが、フェイスブックがこの構想を発表するや否や、米金融当局や議会から、金融システムへの悪影響やマネーロンダリングを懸念する批判が相次いでいる。
アメリカばかりではなく、G20財務相・中央銀行総裁会議も、10月18日、「フェイスブックが主導するリブラなどのデジタル通貨には深刻なリスクがある」との合意文書を発表した。
10月23日の米議会での公聴会では、フェイスブックのザッカーバーグCEOが議員たちの激しい批判に曝されて、「米当局の承認が条件である」と言明せざるを得なかった。
どうやら、「リブラ」は四面楚歌である。
「リブラ」の着想は、ビットコインのような仮想通貨にヒントを得ている。
仮想通貨元年といわれた2017年には、ビットコインなどの仮想通貨の価値が著しく上昇して、日本でも「億り人(おくりびと)」と呼ばれるにわか成金が多数誕生したことがニュースとなった。
「億り人(おくりびと)」が誕生したのは、仮想通貨バブルが発生したからだ。
一方で、価値が大きく変動すると、通貨としては困ったことになる。そもそも人びとが通貨を保有する動機は、通貨が価値の保蔵手段であり、また、取引の決済に使用できるからである。しかし、価値が大きく変動する通貨は、取引の決済には向かない。
価値が大きく上昇すると見込まれる通貨は、保有している人が手放そうとしない。また、もしも価値が大きく下落すると思えば、人びとはこれを受け取らない。だから、そういう通貨は取引の決済には不向きなのである。
実際、ビットコインのような仮想通貨は、人びとの投資(投機)の対象にはなっても、取引の決済にはほとんど使われていない。
とはいえ、仮想通貨には大きなイノベーションがあった。それは、資金決済の情報伝達のための通信手段の部分である。
通常の資金決済の手段である銀行間送金では、銀行と銀行を結ぶ専用回線が使われるが、仮想通貨の決済はインターネットを通じて行われる。
勿論、専用回線に比べてインターネットは、真正な取引か否かの確認という面での安全性が劣る。そこで、仮想通貨ではブロックチェーンと呼ばれる暗号を使用することで、インターネットの弱点を克服しているのだ。これにより、専用回線に比べ、はるかに低コストでの資金決済が実現できる。
仮想通貨の資金決済方法を継承しながら、一方で、通貨価値の変動を抑える仕組みを構想したものが「リブラ」である。
フェイスブックは、リブラの発行にあたり、米ドルやユーロ、円など、世界の主要な法定通貨をその裏付け資産として100%保有する、としている。つまり、リブラの価値は、米ドルやユーロ、円などの裏付け資産の価値に連動するという制度設計なのである。
フェイスブックは、仮想通貨との違いを強調するために、リブラを「ステーブル(安定した)通貨」と呼んでいる。
なお、仮想通貨やリブラが「デジタル通貨」と呼ばれるのは、米ドルや円などの法定通貨とは異なり、物理的な現金(貨幣や紙幣)が発行されず、これらの価値単位がインターネット空間を行き来するだけだからである。また、ブロックチェーンという暗号技術の使用が大前提なので、これらは「暗号通貨」とも呼ばれる。
アメリカ政府や議会が、マネーロンダリングにリブラが使用されることに対して懸念を表明するのは当然である。
リブラは既存の銀行を経由せずに決済される。
どうやってリブラの所有者を特定するのか?
どうやって怪しい取引(テロ資金や脱税)を特定するのか?
こうした懸念は尽きない。
また、もしも人びとが米ドルやユーロや円よりもリブラを選好することになれば、既存の銀行間送金のインフラが迂回されるわけだから、銀行にとっては大きな脅威だ。金融システムが不安定になるという懸念も、もっともだ。
だが、政府にとっての本当の懸念は、リブラにより政府が持つ通貨発行権が脅かされるという事実にある。
現代の管理通貨制度の下で、各国が発行している米ドルや円のような通貨は、中央銀行の負債、つまりは政府の負債である。それも、金利を支払う必要がなく、返済の必要もない便利な負債である。
このことは、中央銀行のバランスシートを見れば一目瞭然である。各国の中央銀行は、その負債として米ドルや円のような通貨を発行して、一方、資産としてそれぞれの国の国債を保有している。
政府の借金は、通常は利払いの必要がある国債であるが、このうちの中央銀行保有分は、そのバランスシートを通じて、利払いの必要がない通貨に変換されている。そして、通貨の発行コストはほぼゼロだから、中央銀行が国債の保有で得る利息がそのまま中央銀行の利益となる。
この利益は政府に還元される。この利益を通貨発行益(シニョレッジ)と呼ぶ。通貨の発行で得られる通貨発行益(シニョレッジ)は、政府が有する特権なのである。
「リブラの発行体」は、リブラの裏付け資産として、米ドルやユーロや円を持つという。ここで、裏付け資産として持つのは、当然ながら、現金ではなく米ドルやユーロ、円建ての国債になるだろう。そして、発行体の負債が通貨「リブラ」である。
この「リブラ発行体」と各国の中央銀行のバランスシートの構造が同じであることに注目して頂きたい。「リブラ発行体」は、リブラの発行で通貨発行益(シニョレッジ)を得るのだ。
もしも、人びとが米ドルやユーロや円に比べて、リブラの保有を選好すれば、その分、「リブラ発行体」の通貨発行益が増えて、各国中央銀行の通貨発行益が減る。政府の特権に正面から挑戦しているのがリブラなのだ。
マネーロンダリングや金融システムへの懸念も間違いではないが、問題の本質はここにある。だから、アメリカ政府もG20財務相・中央銀行総裁会議も「懸念」を表明する。
とりわけアメリカは、米ドルが(自国通貨が信用されていない)アフリカや中南米諸国で決済通貨として使用されることで、通貨発行益を得ている。ここに食い込もうというのがリブラのビジネスモデルなのだから、アメリカ政府がこれを認可することはあり得ない。
だが、話はここで終わらない。
すでに述べた通り、仮想通貨やリブラの構想から生まれたイノベーションは「インターネットとブロックチェーンで低コストの資金決済が実現できる」という事実だ。そうであれば、中央銀行が自国通貨をデジタル通貨で発行すると何が起きるのか(どういうメリット、デメリットがあるのか)というのは興味深いテーマである。
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