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「リブラ」を米政府が認可しない本当の理由

リブラが普及するほど各国中央銀行の利益は減る。政府の特権に正面から挑戦している

吉松崇 経済金融アナリスト

政府の特権と真っ向から対立するリブラ

 アメリカ政府や議会が、マネーロンダリングにリブラが使用されることに対して懸念を表明するのは当然である。

 リブラは既存の銀行を経由せずに決済される。

 どうやってリブラの所有者を特定するのか? 

 どうやって怪しい取引(テロ資金や脱税)を特定するのか? 

 こうした懸念は尽きない。

 また、もしも人びとが米ドルやユーロや円よりもリブラを選好することになれば、既存の銀行間送金のインフラが迂回されるわけだから、銀行にとっては大きな脅威だ。金融システムが不安定になるという懸念も、もっともだ。

 だが、政府にとっての本当の懸念は、リブラにより政府が持つ通貨発行権が脅かされるという事実にある。

 現代の管理通貨制度の下で、各国が発行している米ドルや円のような通貨は、中央銀行の負債、つまりは政府の負債である。それも、金利を支払う必要がなく、返済の必要もない便利な負債である。

 このことは、中央銀行のバランスシートを見れば一目瞭然である。各国の中央銀行は、その負債として米ドルや円のような通貨を発行して、一方、資産としてそれぞれの国の国債を保有している。

 政府の借金は、通常は利払いの必要がある国債であるが、このうちの中央銀行保有分は、そのバランスシートを通じて、利払いの必要がない通貨に変換されている。そして、通貨の発行コストはほぼゼロだから、中央銀行が国債の保有で得る利息がそのまま中央銀行の利益となる。

 この利益は政府に還元される。この利益を通貨発行益(シニョレッジ)と呼ぶ。通貨の発行で得られる通貨発行益(シニョレッジ)は、政府が有する特権なのである。

拡大米議会下院の公聴会で証言するフェイスブックのザッカーバーグCEO。リブラへの質問が相次いだ=2019年10月23日

ここにリブラが登場すると何が起きるのか?

 「リブラの発行体」は、リブラの裏付け資産として、米ドルやユーロや円を持つという。ここで、裏付け資産として持つのは、当然ながら、現金ではなく米ドルやユーロ、円建ての国債になるだろう。そして、発行体の負債が通貨「リブラ」である。

 この「リブラ発行体」と各国の中央銀行のバランスシートの構造が同じであることに注目して頂きたい。「リブラ発行体」は、リブラの発行で通貨発行益(シニョレッジ)を得るのだ。

 もしも、人びとが米ドルやユーロや円に比べて、リブラの保有を選好すれば、その分、「リブラ発行体」の通貨発行益が増えて、各国中央銀行の通貨発行益が減る。政府の特権に正面から挑戦しているのがリブラなのだ。

 マネーロンダリングや金融システムへの懸念も間違いではないが、問題の本質はここにある。だから、アメリカ政府もG20財務相・中央銀行総裁会議も「懸念」を表明する。

 とりわけアメリカは、米ドルが(自国通貨が信用されていない)アフリカや中南米諸国で決済通貨として使用されることで、通貨発行益を得ている。ここに食い込もうというのがリブラのビジネスモデルなのだから、アメリカ政府がこれを認可することはあり得ない。


筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『労働者の味方をやめた世界の左派政党』 (PHP新書、2019年)、『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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