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台風報道で考えた ネットニュースのキャスター像

アナウンサーはAI導入で無くなってしまう職種リストに入っている!

辻 歩 AbemaNewsキャスター

 AbemaTVのAbemaNewsチャンネルでのアナウンサーの仕事は、ほかとは全く違います。

 10月に台風19号が首都圏や東日本に大きな被害をもたらした際、NHKや民放などと同じように、AbemaTVでも特番体制を組みました。アナウンサーが画面に出て情報を伝えるというスタイルは同じですが、ネットニュースのアナウンサーは、地上波とは違い、「ネットでどう伝えるか」に特化した考え方や姿勢で仕事にあたっていたのです。

 実例をもとに、ネットニュースのアナウンサー像について書きたいと思います。

必要な情報を届ける ノンストップ特番体制

 10月10日(金)。台風19号が関東・首都圏にとって最悪とも言えるコースをたどり、日本列島に接近していました。台風15号で甚大な被害が出たことも踏まえ、AbemaTVのAbemaNewsチャンネルでは、どのような被害が出るかは分からないが、台風の接近が予想される土曜日の午前中から、台風が列島から抜ける日曜日の夜まで、ノンストップの特番体制で台風情報を伝え続けることになりました。

 AbemaTVのNewsチームは、地上波の番組に比べ、人員が豊富ではありません。しかし、台風15号や去年の北海道地震など大規模な停電で地上波放送が受信できないときに、AbemaTVをはじめとするインターネット経由の情報が、多くの人にとって必要とされた例もあります。

 少ない人数でより長い時間、より有用な情報を発信するための挑戦が始まりました。

六本木・テレビ朝日1階のけやき坂スタジオ

迫りくる台風19号 AbemaTVでは何を伝えるべきか

首都圏を直撃する台風19号

 10月12日(土)、私は夕方からの生放送特番のスタジオ進行を担当しました。元気象庁長官の山本孝二さんを解説ゲストに招き、台風の上陸に備える内容の番組です。

 午後4時すぎには1都7県に大雨特別警報、午後6時ごろには、関東の大部分が暴風域に入り、最終的に合わせて13都県に大雨特別警報が出されました。これは大雨の警戒レベルとしては最も高い「レベル5」にあたります。災害の警戒度合いをレベル1~5で表す手法は2013年8月から運用されていますが、一般に広く知られているとは言い難く、今回はじめて耳にした人も多かったようです。

 私は番組開始前にSNSのトレンドをチェックするようにしているのですが、その日はTwitterのトレンドに「大雨特別警報」が入っていました。ツイートを見ていると、レベル4の「すぐに全員避難」、レベル5の「命を守る行動を」というワードだけが独り歩きし、実際どのような行動をとればいいのかわからないという声が、SNS上にあふれていました。

 それを受け私は、台風が迫り、土砂災害警戒情報(レベル4相当)や大雨特別警報(レベル5相当)が広い範囲で出される中、レベル4は「すぐに避難する必要があること」、レベル5は「避難すること自体に危険が伴う状況であること」などを、具体的に繰り返し訴え、「自分や大切な人の命を守る行動をとってください」というフレーズを多用することにしました。

 また、解説ゲストの山本元長官に、レベル4の「すぐに全員避難」というのは、今いる場所からそのまま上の階に避難する「垂直避難」も含まれることや、公民館や小学校、コミュニティセンターなど、我々が一般的にイメージする避難所だけでなく、近隣の大型商業施設や高層マンションなども、水害から逃れる避難場所になりうることなどを補足していただきました。

 放送する中で特に気を付けたのは、「目の前に迫る災害への対策」という観点です。

 スマホで視聴する人が多いAbemaTVだからこそ、なんとなくアプリを起動した人に、「自分のいる地域がどのくらい危険か、そして危険な場合はどうすればいいか」が、速やかに的確に伝わることを意識しました。

 防災の意識にはどうしても高低差があります。常に最新の情報を得ようと前向きな人もいれば、災害報道がどこか自分のこととは思えず、他人事ととらえてしまう人もいます。

 手軽に情報に触れられる時代のメディアだからこそ、防災意識の低い人にも届く放送でなければいけないと改めて感じました。

大雨特別警報について解説

被害報道 ネットで伝わる情報を

台風通過後 明らかになる被害状況

 台風が首都圏を通過した翌日の13日(日)も、朝から特番体制で台風19号による被害について伝えました。交通への影響や停電の情報などを伝えていると、被害の大きかった地域からヘリコプターによる空撮ライブ映像が入ってきました。

 宮城県、長野県、茨城県…堤防が決壊した場所の付近の映像は、想像を絶するものでした。広範囲で冠水していて、どこが街でどこが川か全くわからないほどです。しかもその映像が東日本の様々な場所から同時に入ってきていて、何十年に一度起こるかどうかの災害が、全国で同時多発しているという現実に、衝撃を受けました。

 屋根の上から救助される映像も次々と入ってきました。私は、現地から入る映像を実況しながら救助を待つ際には寒さに注意が必要であること、特に宮城県・長野県では夜になるとかなり冷え込む予報が出ていることなども繰り返し伝えました。

 間接的にでも救助を待つ人に何とか伝わらないか。そういった思いで放送を続けました。

AbemaTVならではの柔軟性を生かす

 特番を続けている中、東京消防庁の会見が始まるかもしれないということで、いったん空撮ライブを締めようとしたその時、空撮の画面の端で煙が上がったのが見えました。

 住宅街の真ん中で上がる黒煙。千曲川の決壊地点から近く、周囲の道路は冠水していて消防車が近づけそうにありません。

 結局、駆け付けた消防は、少し離れた場所に消防車を止め、わずかに水面に出ていた倉庫の上から放水を行って消火活動を行いました。その様子を中継しましたが、被災地での延焼を防ごうと、懸命に消火する消防隊員の様子や、冠水している被災地でも火事のリスクが常にあることなど、まさに今起きている現実として伝えることができました。

 放送尺や時間などにとらわれないAbemaTVならではの柔軟な対応が報道の幅を広げた一例でした。

大規模冠水した武蔵小杉駅前

伝えるべきこと 進化すべき報道

 台風19号の特番を放送するにあたり、「こんな被害が起きています」ということだけではなく、ネットの拡散力を利用して、「これ以上の災害をどう防ぐか」「被害を受けた後にどうするか」も、可能な限り盛り込んで伝えようと考えました。

 冠水した車はすぐにエンジンをかけるとむしろ危険なことや、冠水している道路を歩くと、蓋の空いたマンホールや側溝に足を取られる可能性があること。堤防の決壊地点から、川の水がまだ流れ出ているときは、膝くらいの水位でも、流れに体ごと持っていかれる危険があることなど、二次災害を防ぐ方策を放送に盛り込みました。

 AbemaTVを見ている人はほとんどがスマホで視聴しています。台風15号の際に、千葉県を中心とする大規模停電でテレビが視聴できなくなり、スマホからの情報頼みになってしまったということがありました。そういったことが今回も起きていると考え、アプリの通知を切ってバッテリーを節約する方法や、画面を点灯させない状態でAbemaTVを見る(聞く)「バックグラウンド再生」の方法の紹介などに時間を割きました。

 またネット上の声にも注目しました。その中で目を引いたのは、LINEなどで「無事?」という連絡が友人から殺到することで、ただでさえ節約しなければならないバッテリーがどんどん減ってしまうという趣旨の投稿でした。

 対応策として、「LINEのステータスメッセージやアイコンで広く無事を知らせる」というものが挙げられます。放送で具体的な設定方法を伝えるとともに、AbemaTVのTwitter運営チームが、AbemaTVニュースのチャンネルの公式アカウントでLINE用とTwitter用のアイコンに使用できる画像をツイートしました。

 スマホ上で情報を得て、スマホ上で設定をする。たったこれだけのことですが、災害時に役立つことがあると伝えたかったのです。

 このほかにも、罹災証明書を取得する際に、被害を受けた際の写真などが必要になるため、建物の4面から写真をとっておいたほうがいいことなども盛り込みました。放送尺に縛られないAbemaTVの利点を災害後の報道でも生かし、必ず伝えるべきことを抑えた上で、「痒い所にも手が届く」報道を目指しました。

二次災害を防ぐという観点からも重要な被害報道

AbemaTVで求められる報道キャスター像

 私は、2018年2月からAbemaTVで勤務しています。報道アナウンサーが専属で勤務しているネットメディアは、私が知る限りAbemaTVのほかにないと思います。

 地方局からインターネットの世界に飛び込みましたが、ネットメディアでのアナウンサー業は大変特殊な仕事だと日々感じています。正直最初は戸惑うことばかりでした。

速報への意識

 かつて、テレビは新聞よりも速報性に優れたメディアとされていました。しかし、群雄割拠のネットニュースの世界では、1分1秒の差が情報拡散力の差、さらにメディア全体の信頼性にも影響してくるようになりました。

 ニュースは、「事実を確認」した上で「体裁を整えて」放送されます。「体裁を整える」とは、余分な情報をそぎ落として原稿化したり、VTRを構成し、編集したり、テロップを用意したりすることを指します。地上波の番組はオンエア開始時間が決まっているため、その時間から逆算して、その作業を進めます。

 しかしAbemaTVでは24時間ニュースを放送しているため、準備が整い次第速報を入れることができます。常に体裁を整えていると、速報が遅れかねません。

 そこで我々は、「事実を確認」することは絶対にぬかることなく行っていますが、体裁を整えることについては、ある程度省力化しています。速報を担当する私たちキャスターは、初報で明らかになっているわずかな情報のメモだけを持って、原稿もVTRもテロップもない状態でオンエアに突撃していくことがよくあるのです。

元アイドルの薬物事件 とにかく速報する姿勢

 今年5月、元KAT-TUNの田口淳之介さんが大麻取締法違反の疑いで、厚労省麻薬取締部に逮捕された事件がありました。

 初報が入ったのは午後4時半ごろ。世間に与えるインパクトや、ネットとの相性を考え、緊急放送で速報することにしました。

 私が厚生労働省から出された報道発表1枚のみを手にスタジオに入ったところで特番がスタート。報道発表から読み取れることを繰り返しお伝えしながら、厚労省で報道発表を受けている社会部記者から断続的に入る「自宅マンションで逮捕された」「取り調べには素直に応じている」などの情報を、入り次第、即時伝えていきました。

 地上波であれば必ず行う「入ってくる情報を整理して、原稿やテロップで整える作業」を省いて、1分1秒でも早く速報することを選んだ例でした。

原稿を読むだけでなく、情報を整理し「ネットで伝わる」ことを意識

ローカル局での経験が大きな糧に

 私は大学卒業後、高知県のローカル局であるテレビ高知(KUTV)でアナウンサーとしてのキャリアをスタートさせました。担当していたのは夕方ワイドニュース番組のキャスターと、スポーツ実況(野球・サッカー・ラグビーなど)です。

 人員が十分ではないローカル局では、アナウンサーが記者のように原稿を書いたり、ディレクターのように取材や編集、時にはカメラまでこなしたりします。

 ローカル局時代にはたくさんの学びがあり、AbemaTVでのアナウンサー業に活かされています。

 記者としては県警・司法を担当していました。県警担当をしていたことで、新人時代から事件・事故の現場で取材経験を積むことができましたし、司法担当として刑事訴訟法をひと通り勉強することができ、保釈手続きや裁判についての知識を蓄えることもできました。

 また、空撮ライブなど、次々と入ってくる映像を読み解いて伝えるときは、スポーツ実況の経験が活きています。複数のジャンルで記者やディレクター業務をしながらアナウンサーをすることは、とても大変でしたが、ここまで述べてきた「情報が揃わない中、長尺でお伝えする」ことに、大きく役立っています。

 その一方で、ローカル局では、地方の高齢化を背景にニュースのターゲットを50代以上、いわゆるM3・F3層に設定していることが多いです。目の前のニュースに対して「ネットではどう反応があるか」という視点で考えることはあまりなく、SNSのトレンドをチェックすることなどはほとんどしていませんでした。

 ですからAbemaTVに来た当初は、その考え方についていくのにとても苦労しました。「このニュースは自分と同じ若い世代にはどう伝わるのか」「どういう表現をすればネットでより広がってくれるか」について私自身、今後もっともっと研究が必要だと感じています。

令和時代・ネット時代に求められるアナウンサー

例外なく進む業務のAI化

 すでにAbemaTVで何度も取り上げていますが、業務効率化を目的にAIを導入する世の中の流れが、いよいよ現実的なものとなってきました。この流れは、放送業界も例外ではなく、特にAbemaTVでは放送へのAI導入に前向きで、既にAIによるリアルタイム字幕作成(通称:『AIポン』)システムが取り入れられています(参照『世界初!「AIポン」誕生の裏側』)。

 AI導入によって無くなってしまう職種も話題になっていますが、残念ながらアナウンサーもそのリストに入っています。実際に、AIアナウンサーの研究はかなり実用化に近い段階まで進んでいます。

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