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日米貿易協定は「4倍の負け越し」の不平等条約だ

安倍首相の「双方にとってウィンウィンとなる協定」を独自試算で否定する!

大日向 寛文 朝日新聞経済部記者

農水相「もっと自動車を取らせろ」

 「もっと自動車の関税引き下げをとらせろ」

 日米貿易交渉が佳境を迎えた8月、吉川貴盛農水相(当時)は、農水省の交渉担当者にげきを飛ばした。

 トランプ大統領の公約通り米国が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱して、日本に求めてきた二国間交渉。当初は農家に「TPPを上回る関税引き下げをのまされる」との懸念が広がったが、この頃までに、関税引き下げはおおむねTPPと同じかそれ以下にとどめる内容で固まっていた。

 農水省からすれば「御の字」だ。にも関わらず、吉川氏が危機感をあらわにしたのには訳がある。

 日本にとって農業が「守り」の交渉ならば、「攻め」の交渉になるのが自動車関連。その自動車関連で、「TPP協定でも『取った』と言い切れなかった関税撤廃が、全くとれなくなる交渉結果」(交渉関係者)になっていたからだ。

拡大共同声明署名式に臨む安倍晋三首相(中央左)とトランプ米大統領(同右)=2019年9月25日、米ニューヨーク

 議論を整理してみよう。

 TPPでは自動車部品の関税(主に2.5%)こそ大部分の品目で即時撤廃の約束をとりつけたが、肝心な乗用車の関税(2.5%)の段階的な引き下げが始まるのは15年目。撤廃されるのは25年目だった。

 「こんなに先だと、その間に事情が変わって、再交渉で約束が反故にされるのが目に見えていた」(交渉関係者)

 だが、10月に署名された日米貿易協定では、自動車関税の撤廃は風前の灯火になった。乗用車も自動車部品も、米国側の協定の付属書には「関税撤廃に関してさらに交渉する」としか書き込まれなかった。撤廃時期は触れていない。

 「『農産品は譲りすぎだ』との批判がわき起こるのは目に見えている」

 吉川氏ら農水省幹部は、こんな心配に包まれた。

 日本政府の説明は、全く違った。交渉トップを務めた茂木敏充外相は「関税撤廃は協定に明記されている」と繰り返し発言してきた。

 協定では「付属書の規定に従って、市場アクセスを改善する」とも書かれている。付属書の「関税撤廃に関してさらに交渉する」と合わせて読めば、関税を撤廃することは約束されている、という理屈だ。

 しかし、関税撤廃が単なる交渉事項ならば、実施されなくても、「規定に従った市場アクセスの改善」をサボタージュしたとは言えないはずだ。

 交渉に直接携わっていないある中央省庁幹部に聞いてみた。答えはこうだった。

 「典型的な合意できない場合の外交文書の書き方ですよ。両国が違う説明ができる玉虫色の文言で合意したふりをするが、その文言では相手を拘束できず、意味をなさない」

 私は、高尚な文言の解釈は意味がないと思っている。米国の関税決定は米国の国家主権だ。自動車関税を引き下げる権限が日本政府にない以上、日本政府がどう説明するかは関係ない。

 本質は、米政府がこの条文を「自動車関税撤廃を約束した」と認識しているかに尽きる。ところが、米国は、協定の説明でこの点に触れていないのだ。

 米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表は9月下旬の協定の最終合意直後、記者団に「(協定に)乗用車や自動車部品は含めなかった」と話した。その後も、「米国は関税撤廃をする約束をした」と言っていない。

 こんな状況でもし米国政府が「協定に書いてあるとおり自動車関税を撤廃する」と言い出したら、米国民は「聞いていない」と反発するのは必至だ。そもそもトランプ政権がいつまで続くとも限らない。口頭でどんなやりとりがあったかはわからないが、文書で明記されていないことを、未来の大統領が「約束」と認識し、履行すると考えるのはかなり無理があると思う。


筆者

大日向 寛文

大日向 寛文(おおひなた・ひろぶみ) 朝日新聞経済部記者

1975年生まれ。3年間の中央官庁勤務後、2001年朝日新聞社入社。自動車、鉄鋼業界、メガバンクや金融庁の担当後、2012年から14年までは財務省担当として、消費増税法やその後の安倍政権の予算編成を取材した。3年間の名古屋経済部キャップを経て、2017年4月から東京経済部記者。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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