オーストラリアの世界最大級レアアース資源開発会社の安定稼働に一役買う日本
2019年11月26日
オーストラリアにライナス・コーポレーション・リミテッド(Lynas Corporation Limited)というレアアース資源開発会社がある。このライナスのマレーシア精錬工場が2012年の開業以来ようやくフル稼働への見込みが立ちつつある。
日本では無名に近いライナスだが、中国のそれを除くと世界最大級のレアアース開発会社で、生産量は年間約2万トン(米地質調査所、2018年)、世界生産量の約12%を占める。その半数近くの約8500トンが日本向け(需要の約30%、計画ベース)で、今回のマレーシア工場フル稼働への道筋をつけたのも実は日本。レアアースの中国依存から脱却したい日本にとっては頼みの綱だったが、ここまでの道のりはまさに山あり谷ありであった。ライナスの来し方と今後の行く末を見てみたい。
尖閣諸島沖で2010年9月7日、中国の「漁船」と日本の海上保安庁の巡視船が衝突。両国の外交問題に発展した。これを発端に、中国がレアアースの日本輸出制限を課したことで、そのほとんどを中国からの輸入に頼っていた日本の産業界にとっては、輸入先確保が喫緊の課題となった。
レアアースは、日本では電気自動車用モーター磁石などに使われることで有名だ。近年は代替品も出てきたことから、以前ほどは話題にならなくなった。しかし、世界的にはミサイル誘導装置、人工衛星、暗視装置など軍事用としての需要が高く、「レアアースに対する欧米の認識の高さは日本の比ではない」(米元エネルギー省高官)と言われる。
レアアースの中国頼みからの脱却を目指すことになった日本が目をつけたのが、すでに日本の大手商社双日と関係があったライナスだった。1983年にオーストラリアで創業された同社は、尖閣事件前年の2009年には中国有色矿业集団公司(CNMMG)から51.6%の買収提案を受けていたが、豪外国投資審査委員会の認可が下りず、資金提供先を探していた。
具体的な仕組みとしては、JOGMECと双日が「日豪レアアース株式会社」(Japan Australia Rare Earths B.V.)をオランダに設立して2億5000万米ドルを共同出資。ここがライナスに対する出資や融資を実施した(JAREへの出資額はJOGMECが94%。双日出資分は残り6%とみられるがはっきりしない)。ライナスはJAREからの融資などをもとに、オーストラリア国内でのマウント・ウェルド鉱山開発や、マレーシアでの精錬所建設を始めることを計画した。2011年6月には、三菱UFJファイナンシャルグループが、株式を保有していたモルガン・スタンレーを通じて、ライナス本体に9.99%を出資する形となった。
マレーシアの精錬工場はパハン州クアンタン(Kuantan)にあり、Lynas Advanced Materials Plant(LAMP)と呼ばれる。西オーストラリアのマウント・ウェルド鉱山で採掘した鉱石をマレーシア・パハンの精錬工場まで運んで精製する計画だった。レアアースの精錬過程では放射性物質が出るものの、国際原子力機関(IAEA)は2011年6月、いくつかの技術的改善を前提に事実上のゴーサインを出した。
しかしマレーシアには、西隣りのペラ州でかつて三菱化学(現三菱ケミカル)が一部所有したAsian Rare Earth(ARE)のレアアース精錬工場での苦い記憶があった。工場からの汚水などにより、周辺住民が甚大な健康被害(白血病や異常出産など)を受けたとして、大きな反対運動が起きたのである。
裁判では、工場汚水と健康被害の因果関係は否定されたものの、AREは1億米ドルをかけて土地を洗浄したうえ、1994年に工場を閉鎖した。2009年11月、三菱化学は工場跡地に廃棄物処理施設を設置した。
このため、LAMP工場建設に際しても、国内外NGOが操業反対を表明。2011年7月には、政府機関The Malaysia Medical Association(MMA)もLAMPの安全操業に疑問がある旨の声明を発表した。
反対派が問題視したのは、原材料から除去されたトリウムやウラニウムなど放射能を含む廃棄物の扱い、保存、処分方法である。1時間当たり500トンの汚水を、南シナ海に注ぐバロク川(Balok River)に垂れ流していることなども問題視していた。ライナス側は、廃棄物はマレーシア法令に従って処理していること、商業的には二次利用が可能で再販できること、工場は地元雇用に貢献し、比較的に高い給与を支払っているとして、反論した。
地元の反対やレアアース価格の低迷を受けて、LAMPはなかなかフル稼働に至らず、厳しい経営を強いられてきた。当初、2012年終盤にはオーストラリアの鉱山開発やマレーシア精錬工場の拡張などを経て、年間2万2000トンを生産する予定だった。日本からの投資もこの生産数値がベースになっている。実際、操業から少しずつ生産量を増やしていたものの、2019年6月時点の会社公表データによれば、2018年7月―2019年6月の1か年で1万9737トンで、目標には及んでいない。
一方で、レアアース価格の指標の一つとして使われるネオジウム・プラセオジム(NrPr)の中国国内価格は、1キロ100米ドルが「だいたい採算の分岐点」と言わるなか、2018年後半からは80米ドルを切ることもあった。当時、日系メーカーからは「ライナスの資金繰りは苦しい。ライナスがダメになって供給元が絞られたら、我々の算盤が合わなくなる」との不安の声や、NrPr価格低位安定は中国政府によるライナス締め付け策ではないか、という憶測もあった。また、今年前半には、豪スーパーマーケット・チェーン大手、ウェスファーマーズ(Wesfarmers)によるライナス買収提案などもあった。
財務を圧迫する債務に対してライナスは、新株発行や発行済み社債の条件変更などを債権者と交渉してしのぐ一方、JARE(JOGMECと双日)も少なくとも2度、経済産業省との連携でライナスに対する融資期限を延長、経営を支援した。
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