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1度の改正されていない日本は異例

 日本の憲法は1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行されて以来、1度も改正されたことがない。この間、アメリカは6回、カナダは17回、フランスは27回、ドイツは60回、イタリアは15回、オーストラリアは5回、中国は9回憲法改正を行っている。

 戦後70余年、世界の状況が次々と大きく変っていく中で、憲法が改正されていったのは、むしろ、当然のことといっていいのだろう。1度も改正されていない日本が異例だということなのだ。

 日本の憲法が改正されてこなかった1つの理由は、日本の憲法が「硬性憲法」だからと言われている。日本の憲法の改正は各議院の総議席の2/3以上の賛成で国会が発議し、さらに国民投票または国会の定める投票において過半数の賛成を得なければならない。

 戦後、多くの時期において、憲法改正を掲げる政党が2/3を獲得することはほとんどなかったのだが、前述のように、2017年の選挙で与党が2/3以上を獲得したことによって改正の議論が浮上し、進行してきたのだった(参議院では与党と憲法改正に賛成する「日本維新の会」等が2/3以上を占めてきている)。

 問題は憲法を改正すべきかすべきでないかではなく、どう改正するかだろう。

 おそらく、改正で最も議論が集中するのは憲法第9条だろう。衆知のように憲法9条は「戦争放棄」と「戦力の不保持」を定めた、いわゆる「平和憲法」の中心的条文だ。筆者がこれを改正して、正式に陸海空軍を持てるようにすべきだと考えていることは、既に述べた通りだ。

 現在の日本国憲法は日本が占領されてる時期に、いわゆるマッカーサー3原則(ⅰ天皇は国のヘッド ⅱ戦争放棄 ⅲ華族の廃止等封建制度の廃止)をベースにGHQの民政局によって作られたものだ。

 特に「運営委員会」のチャールス・ケーディス大佐、アルフレッド・ハッシー中佐、マイロ・ラウエル中佐が中心となって、1946年2月4日から2月12日の9日間に作られたものだ。彼等は、いわゆる「ニューディーラー」(フランクリン・ルーズベルトによって展開されたニューディールを経験し、社会民主主義的思想をもっていた)で、日本に本格的な「民主主義」を定着させたいとする意図を有していた。

 彼等は日本が独立すれば、当然、GHQによって作られた憲法は改正されると思っていたので、その後、長い間改正されなかったことについて驚いたのだった。この憲法は、少なくとも、ごく最近までは、多くの日本人達によって受け入れられたのだった。

 ただ、自由民主党は結党以来、「憲法の自主的改正」を党是としており、それが日本の独立の1つの証だとしてきた。しかし、前述したように、改正に必要な2/3の議席を最近まで得られていなかったので、事態が進まなかったのだが、今回、その議席を確保したため、一気に議論が盛り上がってきたのだ。

拡大日本国憲法の原典

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筆者

榊原英資

榊原英資(さかきばら・えいすけ) (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶応義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学教授。近著に「フレンチ・パラドックス」(文藝春秋社)、「ドル漂流」「龍馬伝説の虚実」(朝日新聞出版) 「世界同時不況がすでに始まっている!」(アスコム)、「『日本脳』改造講座」(祥伝社)など。

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