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「温暖化で沈む国」ツバルの現実

ツバルの人がずっと住み続けたいと望んでも、彼らの力だけでは未来を実現できない

河尻京子 NPO法人ツバル・オーバービュー理事

ツバルに川はない。真水は雨水だけ

 ツバルに住み始めて10カ月になる。

 NPOの現地駐在員としてマングローブ植林事業を管理しながら、ツバル政府の気候変動部でもインターンをしている。ここで生活していると、この国の脆弱さを毎日実感する。

 例えば水。環礁でできた国なので川はなく、真水は雨水しかない。

 昔は比重の差によって地下にたまる真水層「レンズウォーター」を生活用水として使っていようだが、海面上昇などの影響で塩水が混ざり使えなくなってしまった。

 各家庭には1万リットル入りの雨水タンクが少なくとも一つはある。その水を炊事、洗濯、シャワーすべてに使う。ボウフラや藻が浮いていたりするが、それもあまり気にならなくなった。

 12月から3月の雨期はまだ良いが、それ以外の乾期に2週間雨が降らなければ、水不足に陥る。そんな日々を繰り返すと、いやが応でも日頃より水を節約し、より大切に使うようになる。そして雨が降ると、心の底から安堵し、そのありがたみを実感する。

 水不足への対応として政府は、各島コミュニティーの集会場の地下貯水タンクに水を配給したり、海水淡水化装置で作った水を売ったりしている。

 ツバルの総人口はほぼ1万人。その60%以上が首都の島に住む。干ばつなど温暖化の影響に適応しつつ、どのように水を持続的に確保するか。地球規模の問題を毎日の生活から考えるようになる。

ツバルの首都があるフナフティ環礁。その中の南北約10km、幅最大約800mに約6千人が住む。平均海抜3メートルしかない。

「国が沈む」と言われることへの違和感

 初めてツバルに来たのは2007年。その時は3カ月ほどの滞在で、離島で300人ほどの全島民に温暖化や海面上昇についてインタビューするボランティアをした。

 漁師などは、子どものころに比べて変化を感じると答えたが、ほとんどの人は温暖化や海面上昇というのはニュースで聞いた話として認識していた。

 また、90%以上がキリスト教徒のツバルでは、旧約聖書の創世記に記されるノアの方舟(はこぶね)の話から、神は虹を示し、人類を二度と大洪水で滅ぼさないと約束したから、海面上昇は起こらないと答える人もいた。

 その後もツバルは「温暖化で沈む国」などとメディアの注目を集め、世界中で紹介され続けている。

 2015年には大型のサイクロン「パム」がツバル近くを通過し、国民の45%が住む場所を追われ、家畜を失うなど大きな被害をもたらした。押し寄せた波で雨水タンクも流され、深刻な水不足に陥った。

島で一番狭い海沿い道路。満潮時は波をかぶる。

 これを機に、ツバルはさらに温暖化外交に力を入れるようになった。パリ協定に関する条約交渉では、温暖化の影響に最も脆弱な国の代表として、大きな役割を果たすまでになった。同時に、温暖化対策の名目で様々な援助を世界中から受けるようにもなった。

 ツバル政府が温暖化について積極的に世界に向かってアピールするようになり、国内でも災害や温暖化対策を導入したこともあり、国民も温暖化について以前よりは関心を持ち、自国の問題ととらえる人が増えたように感じる。

 しかし、自分の国が沈んでなくなると言われることには、とても複雑な思いがあるようだ。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、1977年以降に集めたデータをみると、ツバルの首都フナフティの海面は毎年平均で最大約4ミリ上昇していると指摘している。

 農園や畑への塩害、そして大潮の時には、地面から海水がにじみ出たり、民家に海面が迫ったり、波が道路にかかって通行が難しくなったりすることはもう日常の一部となっている。

 もし、大潮の満潮時にサイクロンが来たら、甚大な被害をもたらすことは私でも容易に想像できる。その時、現在の政府の温暖化対策や災害対策で果たして十分なのかと心配になる。

 一方で、海面は上昇しているという認識がある人でも、「国が沈む」と言われると「事実に反する」と反論する人も多い。そして、「国が沈んでなくなる」という話はしたがらないし、そうはならないと信じている。

 メディアでは「環境難民」「気候変動難民」という見出しが躍り、あたかも国土を失ってさまようになる人たちのように取り上げられるが、温暖化の影響を受けつつも、ツバルの人たちはずっとツバルに住み続けることを望んでいる。

 住み慣れた土地で愛する家族と共に食べ、笑い、歌い、踊り暮らす。家族の幸せや子どもの幸せを願いながら。それは、私たちと何ら変わりはない。

ツバルの人たちではどうしようもない問題

 今年8月、南太平洋の国々の首脳らが集まる「太平洋諸島フォーラム」がツバルで開かれた。この時、島のあちこちに立て看板が立ち、「私はここに残る、ここが私のふるさとだから」「未来世代のために島を守る」などと書かれていた。護岸工事や埋め立てなどの写真も掲げ、ツバルに住み続ける意思を示していた。

今年8月の「太平洋諸島フォーラム」の時に掲げられた看板。「気候変動による移住は、私にとっては選択肢ではない。私はここで生まれ、ここで育った」などと書かれている。

 9月の総選挙で新首相になったナタノ氏は、国内での移住を目的に温暖化の影響にも耐えうる人工島を建設する計画があることをメディアのインタビューで発表した。

 ただ、ツバルの人がずっとここに住み続けたいと望んでも、ツバルの人たちの力だけでは、その未来を実現できない。

 これは、スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥンベリさんの話にも通じる。

 今の若者たちが自分のたちの未来を守りたい、温暖化の影響のない未来にしたいと望んでも、若い人たちの力だけでは難しい。だから彼女は、世界の政治・経済のリーダーたちに向けて、科学者が言うことに耳を傾けて、気候危機を回避するために今すぐ行動をとってほしいと訴えている。

 ツバルを始め南太平洋の国々も同じだ。自分たちの国に安心して住み続けられるように、世界の国々に温暖化対策を強化し、影響に対応する支援を訴えているのだ。

 IPCCは、早ければ2030年には、地球の平均気温の上昇が1.5℃に達すると指摘している。あと11年しかない。また、今世紀末に世界平均で海面が約1メートル上昇するという予想も発表している。

 5月にツバルを訪れたグテーレス国連事務総長のリーダーシップもあり、9月にニューヨークであった気候行動サミットでは、65カ国や多くの自治体が2050年までに温室効果カス排出量を正味ゼロとすることを誓った。さらに70カ国はパリ協定が求める削減目標や対策を2020年までに強化するか、すでに強化していると発表した。12月2日からマドリードで始まるCOP25に向けて弾みをつけた。

 COP25では、各国がそれぞれの対策をどれだけ強化できるかが勝負だ。残念なことに、日本はすでにこれまでの目標を据え置くことを決めてしまった。できるだけ早くより野心的な対策を打ち出すことが求められる。

「いつまでもツバルに」

 温暖化対策は、原因となっている温室効果ガスの排出削減が基本である。そこを諦めるわけではない。

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