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経済の先にも煩悶はある

中高年が人生に迷う必要について

吉岡友治 著述家

ナイーヴなよい人々の夢

 どの人も、多少底抜けなところがあったにせよ、皆ナイーヴで「よい人」だったと思う(暴行事件は論外としても)。講師たちは、大学院には行ったけど研究者になるのには見切りを付けて来た人が多かった。それまで学問に一生懸命で、お金の扱い方に免疫がなかったのかもしれない。急に裕福になって、やることもだいたい似ていた。スポーツカーを乗り回す、女の子にお金を使う、マンションを買いまくる、とか、やや子供じみた楽しみを全開にして、お金を使いまくる。

 私はと言えば、残念ながら、そういうあり方にはまったく乗れなかった。収入が「普通」以下の部類だったこともあるが、そもそも、仕事の対価として得られる「快楽」に興味が持てなかったからだ。スポーツカーやゴルフは好きではないし、バーの女の子たちと色っぽい会話をするのも苦手だった。マンションを買って大家になるのも面倒くさかった。それより、本を読んだり音楽を聴いたりが好きだった。何に彼らが夢中になるのか、まったく理解できなかったが、それでも、彼らは必死になって遊び、必死になって仕事する。いったい、そのエネルギーはどこから来るのか?

価値についてのコペルニクス的転回

拡大Alexander Kirch / Shutterstock.com

 経済的に豊かになることで得られるのは、金である。ということは、その金を使って得られるものも、金で買えるモノに限られる。マルクスはモノ=商品には「使用価値」と「交換価値」があると言ったが、そもそもモノは使えなければ価値はない。だが、モノを使うということは、これはこれで結構大変な作業であり、何に使うと自分が満足できるのか、その見極めが分からなくなる。

 そもそも、モノを買い続けるにはお金も稼ぎ続けなくてはならない。当然、モノを堪能している時間は少なくなる。金持ちになってポルシェを買ってはみたものの、肝腎の乗り回す時間がない。使わなければ、ポルシェも埃まみれ。初めは、金を使うこと自体が面白くて、今まで買えなかった高価なものをいろいろ購入しては悦にいる。しかし、買っても十分に使えなければ、価値を感じられない。

 そこで、我々はモノ=商品の使用価値を享受する代わりに、交換価値を享受する方向に転換するのである。実際、お金で買えるものは話題にしやすい。「何千万もするスポーツカーを買った!」と言えば、車を乗り回さない人も「すごーい!」ととりあえず言ってくれる。その承認の言葉が聞きたくて、また必死に稼いで、必死に次のものを買い込む。そうしている内に、新しいモノを買うことと他人から承認されることの区別がなくなるのだ。

記号の消費のとめどなさ

 フランスの思想家ボードリヤールが言うように、我々が消費するのはモノそれ自体ではなく、記号なのである。モノは消費したら満足する。満足したら、それ以上は欲しくならない。たとえば、食べ物は、お腹いっぱいになったら、それ以上どんなに美味しいものでも苦痛なだけである。その限界が悔しくて、ローマ人たちは、孔雀の羽で喉の奧を擦って、今まで食べたものを吐き出しても食べ続けた。

 だが、ローマ人達の所業は、まだ可愛い方であった。我々はモノを享受するのをほったらかしにして、記号を享受するだけで満足しはじめたからだ。記号なら「腹一杯」にならないから、いくらでも誰とでも享受/共有できる。美味しさという快感は食べた本人にしか感じられずとも「5万円のスペシャル・ディナーだよ」と言えば、とりあえず、その「豪華さ」だけは他人に伝えられる。5万円という値段に驚いて、聞いた者が勝手に自分の「美味しい」イメージを思い浮かべるからだ。食事の美味しさはどこかにすっ飛び、値段だけが「美味しさ」の記号となる。

 こんな風に、交換価値=金額の多寡で他人に認めてもらえたという快感に取り憑かれた人間は、とめどなく記号を消費するサイクルに入る。さらに金がかかる「快楽」や「買い物」にのめり込み、その金額を言って他人を驚かせ、「すごいことができる人だ」と思ってもらう。そういえば、佐藤氏も、最後に残った自宅を売って「1億円のクラシックカー」を買ったことが死に

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筆者

吉岡友治

吉岡友治(よしおか・ゆうじ) 著述家

東京大学文学部社会学科卒。シカゴ大学修士課程修了。演劇研究所演出スタッフを経て、代々木ゼミナール・駿台予備学校・大学などの講師をつとめる。現在はインターネット添削講座「vocabow小論術」校長。高校・大学・大学院・企業などで論文指導を行う。『社会人入試の小論文 思考のメソッドとまとめ方』『シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術』など著書多数。

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