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経済安全保障が弱すぎる日本(上)

イランや北朝鮮で注目される経済制裁。まずはその歴史を振り返ろう

荒井寿光 知財評論家、元特許庁長官

3 エネルギー安全保障・石油ショックの歴史

 日本では、経済安全保障と言えば、エネルギー安全保障を思い浮かべる人が多い。石油や天然ガス、鉱物資源は、経済活動に必須であり、経済制裁の対象に選ばれることが多い。エネルギー安全保障は多くの国の課題だ。

(1)第1次石油ショック

 1973年にイスラエルとアラブ諸国の間で第4次中東戦争が勃発した。

 これを受け石油輸出国機構(OPEC)は、原油公示価格を1バレル当たり3ドルから5ドルに引き上げることを発表した。さらにアラブ石油輸出国機構(OAPEC)諸国は、イスラエルが占領地から撤退するまでイスラエル支持国(米国、オランダなど)への石油禁輸を決定した。

 当時の日本は中東の政治に深くかかわっておらず、イスラエルを直接支援したこともなく、中立の立場であった。しかし、日米同盟により、イスラエル支援国とみなされる可能性があり、急遽三木副総理を中東に派遣して、日本の立場を説明して、イスラエル支援国家リストから外すように交渉した。

 原油価格の高騰により、日本は「石油ショック」と言われる経済混乱が生じた。これを機に、石油の中東依存率の引き下げのための供給源の多角化、石油代替エネルギー・再生エネルギーの開発、省エネルギーの推進が行われた。

(2)第2次石油ショック

 1978年1月に始まったイラン革命により、イランでの石油生産が中断したため、イランから大量の原油を購入していた日本は需給が逼迫した。

 また、1978年末にOPECが「翌1979年より原油価格を4段階に分けて計14.5%値上げする」ことを決定し、原油価格が上昇した(ただし、4段階目の値上げは総会で合意が形成できず、実際には3段階までであった)。第1次石油危機並に原油価格が高騰し、日本経済に打撃を与えた。

拡大ramcreations/Shutterstock.com

(3)ロシアによるウクライナ向け天然ガスの停止

 ロシアはウクライナを経由して東欧から西欧にパイプラインで天然ガスを輸出している。

 2004年にウクライナで親欧米の政権が誕生したが、当時行われていたロシアとウクライナの価格交渉が決裂し、ロシアはウクライナ向けのガス供給を停止した(ロシアの親欧米政権への経済制裁との見方もあったが、真相は不明)。

 ウクライナ向けと西欧向けのガス供給は同じパイプラインラインで行われており、ウクライナ向けのガス供給を削減したが、ウクライナはガス取得を強行したため、西欧のガス取得は低下して、西欧各国は大混乱に陥った。

 後に価格交渉が妥結し、ガス供給が元に戻り、問題が収束した。

 その後もロシア・ウクライナ間のガス紛争は続き、2008年、2009年、2014年にも価格交渉がもめた。このため西欧のロシアへのガス依存のリスクが指摘されている。

4 食糧安全保障の歴史

(1)大豆ショック(1973年)と食料安全保障概念の誕生

 米国ニクソン大統領は1973年の夏に、国内のインフレを抑制するため、大豆の輸出を全面的に禁止し、トウモロコシの輸出についても統制の可能性を示唆した。

 日本では大豆は豆腐や味噌の原料で国民生活に欠かせないものであるが、1972年の大豆の国内生産は13万トンで、輸入は340万トンと国内自給率は約3%しかなく、米国からの大豆輸入に頼っているため「大豆ショック」と言われる大変な混乱が生じた。

 食糧の輸入依存のリスクが認識され、日本ではこのときから「食料安全保障」という概念が使われるようになった。

(2)ソ連のアフガン侵攻への制裁措置としての穀物輸出禁止

 1979年ソ連がアフガニスタンに侵攻すると、翌80年、当時のカーター大統領は制裁措置としてソ連への穀物の輸出を禁止した。タイム誌は「食糧は武器になった」と報じた(1980年1月21日号)。但しソ連は他の国から穀物を輸入したため制裁効果は薄かったが、日本では輸入依存リスクが更に認識された。

(3)“食糧も武器” 中国の使用

 朝日新聞2019年12月3日「米中争覇 食糧」は、「食糧も武器」と題して、次のように報じている。

 中国は2010年、ノルウェーのノーベル賞委員会が中国の人権活動家に平和賞を授与したことに反発し、ノルウェー産のサーモンの輸入を止めた。南シナ海問題でフィリピンと対立が深まった2012年には、同国産のバナナの輸入を停止。2018年12月にカナダ当局が米国の求めに応じ、中国ファーウェイ副会長を逮捕すると、カナダ産の菜種と食肉の輸入を相次いで止めた。中国は、自国の巨大市場を背景に、「武器としての食糧輸入」を振り回している。

(4)日本の食料安全保障と食料自給率の低下

 農業基本法を引き継いだ「食料・農業・農村基本法」(1999年)は、食料安全保障(食料の安定供給の確保)を重視しており、2002年には「不測の食料安全保障マニュアル」が策定された。

 しかしながら、わが国の食料自給率(カロリーベース)は37%であり、米国130%、フランス127%、ドイツ95%、イギリス63%に比べ、先進国の中で最低の水準となっている(2018年、農林水産省「日本の食料自給率」より

 日本の食料自給率が低いことは、異常気象や天候不順、国際情勢など何らかの理由で外国からの輸入が途絶えてしまった時に、日本人の食生活が大きな影響を受けることを示している。また爆発的な世界の人口増加により、地球規模での食料不足が懸念されている。


筆者

荒井寿光

荒井寿光(あらい・ひさみつ) 知財評論家、元特許庁長官

1944年生まれ、1966年通産省(現経済産業省)に入り、防衛庁装備局長、特許庁長官、通商産業審議官、初代内閣官房・知的財産戦略推進事務局長を歴任。日米貿易交渉、WTO交渉、知財戦略推進などの業務に従事。WIPO(世界知的所有権機関)政策委員、東京大学、東京理科大学の客員教授を歴任。現在は、日本商工会議所・知的財産戦略委員長を務める。(著書)「知財立国が危ない」「知財立国」(共著)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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