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経済安全保障が弱すぎる日本(下)

技術力低下が著しい日本。強みと弱みを再評価し、攻めと守りの体制を再構築すべきだ

荒井寿光 知財評論家、元特許庁長官

第3部 日本の課題

(1) 経済安全保障リスクの高まり

 世界的に経済安全保障リスクが高まっている。

 第1の要因は、米中の覇権争いの激化だ。前述の通り、米中は経済安全保障の手段を行使して、世界の覇権を巡り争っているが、世界1位と2位の争いであるため、世界の経済システムを揺るがし世界各国に影響を与えている。

 第2は、経済のグローバリゼーションの進行だ。グローバルサプライチェーンが出来たことにより、サプライチェーンの断絶のリスクが高まっている。

 例えば、日本が2019年8月に韓国向け3品目に関し、国際的な責務を果たすために講じた貿易管理の適正化措置が、韓国では経済攻撃と受け止められたことは、経済安全保障措置の影響が大きいことを示している。

 第3は、技術革命の進行だ。デジタル革命や第4次産業革命と言われるように、大変革が起きている。このため原材料、機械設備、人件費に比べ、経済活動に占める技術の比重が極めて高くなっている。

 また、あらゆるものが無形のソフトウエアやデータの形になり、インターネットで繋がるようになり、断絶のリスクが高まっている。さらに、日本は外国技術への依存が高くなっているので、外国からの技術の供給停止と言う「技術安全保障リスク」が高くなっている。

(2)米国の政策が日本に及ぼす深刻な影響

 米国の対中制裁は日本企業にも重大な影響を与える。

 米国の措置は直接的には米国企業を対象にしているが、サプライチェーン(部品供給網)全体をチェックするため、素材、部品、製品などを米国企業に販売する日本企業も幅広く対象になる。

 米国の制裁措置により日本企業は2つのリスクを抱える。

 第1に、米国と共同開発したり、米国の技術を使用した製品を中国に輸出すると、米国の法令に違反する可能性が生ずる。

 第2に米国が問題にしている中国企業の製品、部品、ソフトウエアを使用している日本企業は、たとえ日本国内で使用していても米国政府や米国企業との取引ができなくなり、米国企業のサプライチェーンから外される。その場合、世界市場から外され、事業停止に追い込まれることもあり得る。

 日本企業の多くはこのような最近の米国の厳しい動きを知らないし、必要な対策を取っていない。危ない状況だ。第2の東芝ココム事件の恐れがある。

(3)日本のハイテク産業の崩壊と科学技術力の低下

① 2018年12月ファーウェイの副会長がカナダで逮捕された。米国は安全保障上のリスクがあるとして日本を含む同盟国に中国のファーウェイやZTEを通信システムから排除するよう要請した。日本政府は国名や企業名を出していないが、通信システムの安全保障リスクを低減するよう関連企業に要請した。

 これを受けソフトバンクは、中国のファーウェイから北欧のエリクソンやノキアに切替えると報道されている。転換先が日本企業でないことに驚いた。かつて日本企業は世界トップの通信技術を誇っていたが、次世代通信「5G」に単独で対応できる通信機器やスマートフォンメーカーがなくなった。半導体メーカーもAI(人工知能)に必要なソフトウエア企業も国際競争に負けている。

 デジタル革命とともに、米国のGAFAのプラットフォームへ依存するようになっている。更に次世代の金融技術(フィンテック)も遅れており、このままでは「技術自給率」は低下する一方である。

② 2019年、吉野彰氏が、ノーベル賞を受賞し、日本中が喜びに沸いた。しかし、受賞の発明は35年前のものである。科学技術力の国際比較には、色々な指標が用いられるが、次のように日本の科学技術力は国際的なランキングを下げている。

1)論文数 日本は6位

 全米科学財団(National Science Foundation、NSF)の世界の科学技術の動向をまとめた報告書“Science and Engineering Indicators 2018”によれば、2016年の論文数世界ランキングで、日本は6位に落ちている(論文数ランキングは、1位中国、2位米国、3位インド、4位ドイツ、5位イギリス、6位日本、7位フランス、8位イタリア、9位韓国、10位ロシア、11位カナダ、12位ブラジルの順)。

2)卓越した科学者の数 日本は11位

 米国の調査会社クラリベイト・アナリティクスの“Highly Cited Researchers 2019”は、国際的に引用される論文の数が多い世界の科学者として、6249人を選出した。これらの科学者は、いわば「卓越した科学者」である。日本人ではノーベル賞受賞の山中伸弥教授を含め100名いるが、国別の順位では世界11位である(1位米国2753人、2位中国481人、3位英国、4位ドイツ、5位オーストラリア、6位カナダ、7位オランダ、8位フランス、9位スイス、10位スペイン、11位日本の順。2019年11月20日発表)。

拡大Sergey Nivens/Shutterstock.com

(4)日本はなぜ国家も企業も経済安全保障に無関心なのか?

 日本は1970年代から1980年代にかけてエネルギー安全保障や食糧安全保障の議論が盛んに行われ、政府や民間で色々な対策が講じられた。

 しかし、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の諺通り、次の要因により、経済安全保障の認識は低い。

① そもそも安全保障を軽視

 かつてイザヤ・ベンダサンは「日本人は水と安全はタダと思っている」と指摘したが、基本的に今も変わっていない(「日本人とユダヤ人」1970年、山本書店刊)。

② 軍事と経済を分離

 第2次世界大戦後、日本は米国の守る軍事安全保障体制のもとで経済活動をすれば良いと思っている(これが米国からは「安保ただ乗り論」として批判される)。

③技術貿易を含め自由貿易主義を信頼

 経済安全保障は確保されていると思い、WTOのもとのグローバリズムを信じ、自由貿易主義を推進している。技術は通常の商品(コモディティ)と認識し、金さえ払えば、いつでも外国企業から手に入ると思っている。

④日米構造協議の副作用

 1990年代の日米構造協議により、日本は産業政策を止めたので、自国産業の育成を考える仕組みがなくなった。

⑤企業による技術流出

 1990年代から多くの企業は国内の工場を閉鎖してリストラが行われ、海外投資を進めた。この結果、技術の海外流出や持ち出しが行われた。

 新規分野への投資を止めたり、研究開発部門の縮小や中央研究所を廃止したため、技術開発力が弱まった企業が多い。

 日本企業は従来から産業スパイ対策は弱いが、最近の目に見えないサイバー攻撃に対する防衛は遅れ、技術流出は止まっていない。

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筆者

荒井寿光

荒井寿光(あらい・ひさみつ) 知財評論家、元特許庁長官

1944年生まれ、1966年通産省(現経済産業省)に入り、防衛庁装備局長、特許庁長官、通商産業審議官、初代内閣官房・知的財産戦略推進事務局長を歴任。日米貿易交渉、WTO交渉、知財戦略推進などの業務に従事。WIPO(世界知的所有権機関)政策委員、東京大学、東京理科大学の客員教授を歴任。現在は、日本商工会議所・知的財産戦略委員長を務める。(著書)「知財立国が危ない」「知財立国」(共著)

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