マネープランに偏重した定年後の生活設計は間違い。本当の幸せをつかむには……
2020年01月09日
「老後2000万円不足問題」を身に迫った問題と捉えているのは、会社員人生の最終コーナーを迎えた50代だろう。史上類を見ない低金利、子どもの養育費もまだかかる、年金支給時期も先延ばしされつつあり、定年後の生活設計に不安が尽きない。
投資や保険などに関するセミナーも活況である。確かにマネープランは重要だが、ミドル・シニアのキャリア支援を手掛ける私は、「老後2000万円問題」が解決しただけでは、本当の幸せは訪れないと考えている。
先に結論を述べると、本当の幸せをつかむには、これまでとは異なる意味合いを見出しながら働くことだ。30冊目の著作『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHPビジネス新書)にて詳述したが、本稿ではマネープラン偏重の考え方に警鐘を鳴らしたい。
一方で、50代に差し掛かったバブル入社世代は、40代以下の就職氷河期世代と比べて、大企業に勤めている比率が高いため、相応の貯蓄もあるだろうし、企業によって減額や制度変更も進んでいるとはいえ、退職金や企業年金もあるだろう。マスコミが騒ぐ「老後2000万円不足問題」や、銀行・保険・不動産会社からの営業攻勢に煽(あお)られ、必要以上に経済的な不安に陥る必要はないのではないだろうか。
とはいえ、安堵(あんど)するのは早計だ。そもそも、定年後の人生を考えたとき、大切なのはお金だけではない。 今の若い世代は、男性の育児参加も進んでいるし、働き方改革が進む中で、プライベートな生活を大切にする人たちも増えている。これに対し、バブル入社世代から上の男性は、いわゆる「会社人間」が当たり前。就職後の人生の大部分を、家庭を顧りみず仕事に捧げてきた人が大多数だ。家事も子育ても近所付き合いも、妻に丸投げしてきた人がほとんどではないだろうか。
その結果、人間関係も会社の上司・同僚・後輩、取引先の担当者などに限られる。数少ない趣味も、仕事関係の付き合いで楽しむゴルフ程度という人も少なくない。
このような人たちが定年退職し、いきなり悠々自適の生活に入ったらどうなるだろうか。
もう満員電車に乗らなくてもいい、仕事のプレッシャーからも、煩わしい職場の人間関係からも解放されると考えると、夢のように感じられるかもしれない。しかし、会社人間の定年後の生活は、思い描いていたほどハッピーにはならない場合が多いのだ。
まず、妻と二人きりで過ごす生活がそうすんなりとは成り立たない。なにしろ、会社員当時に家庭を顧みてこなかったのだから、妻との間に共通の趣味もなければ、話題もない。
それまでは、夫が平日はほとんど家にいないからこそ、なんとか夫婦関係が成立していたとしたら、妻にとって夫が一日中家にいることはストレスでしかない。その結果、夫婦二人きりの家庭に、悠々自適というにはほど遠い、寒々しい空気が流れることになりかねない。
この手の話は、定年前から老夫婦のよくあるエピソードとしてさんざん耳にしているはずだ。しかし、仕事にかまけて妻と向き合ってこなかった人たちは、夫婦間にある価値観のズレや感情の行き違いも、自覚しきれていない。
そのため、「そうは言っても自分たちはなんとかなるだろう」というふうに甘く考えがち。そして、実際に定年後の生活を迎えてから、妻とのギャップを初めて実感することになってしまう。
人生100年。定年後が数10年続く現代。そもそも、家庭を除くと会社関係のつながりしかないことは大きな問題だ。
会社関係のつながりは、定年後あっという間に希薄になる。定年退職した側は、長年同じ釜の飯を食ってきた部下や後輩との人間関係は退職後も続いていくと考えがちだ。もちろん人徳があれば実際続いていく人もいる。しかし、現役世代の後輩の多くは、退職した上司や先輩と積極的に関わりたいとは考えないものだ。職場の上司・先輩だから付き合ってきただけと考える人も少なくない。そう聞くと空しく感じる人もいるだろうが、それが現実なのだ。
それなら、定年退職後に地域や趣味のコミュニティーに参加すればいいと考える人もいるだろう。しかし、これも思いのほか難しい。
日本型組織の中で長い間、同質性の高い人とばかり付き合ってきたサラリーマンは、地域や趣味の世界で、多様な人たちと一から人間関係を築くのが苦手な場合が多いからだ。「元〇〇」と企業名や肩書きを強調するほど、地域では浮いてもしまうだろう。
その結果、公共図書館や大学の公開講座などは、行き場のないシニア男性で溢(あふ)れ返っている。私も国際情勢や経営が学べる講座に参加したことがあるが、周囲がリタイアしたシニア男性ばかりで驚いた。
もちろん、定年退職後も国際情勢や経済・経営に興味を持ち、学ぶこと自体が悪いわけではないが、リタイア組のシニアには、学んだことを直(じか)に活かす場は少ないだろうと、切なく思ったものだ。
おまけに、様子を観察していると、参加しているシニアの男性同士が交流することもほとんどなく、それぞれが黙々と聴講している。「これが女性同士だったら、隣に座った人とちょっとした雑談などが始まりそうなものだが……」と感じた。
定年退職後のこのような生活が、果たして幸せと言えるのかどうか。
お金の心配がなくなったところで、それだけで定年後の幸福が約束されることはないのである。むしろ健康寿命が延びたことで、空虚な時間を持て余す苦難が増えかねない。
内閣府「平成 30 年版高齢社会白書」によれば、 60〜64 歳の労働力人口は1990年には372万人だったが、2017年には536万人にまで増加。 65〜69 歳は199万人から454万人に、 70 歳以上は161万人から367万人にまで増加している。労働力人口全体に占める 65 歳以上の割合は、1990年の5.6%から2017年には 12.2%にまで上昇している。また、調査時点で仕事に就いていた 60 歳以上の 42.0%が「あなたは何歳頃まで、収入を伴う仕事をしたいですか」という質問に対して、「働けるうちはいつまでも」と回答した。
明治安田生活福祉研究所の「2018年50 代・ 60 代の働き方に関する意識と実態」によると、定年前正社員の8割が、定年後も働くことを希望している。もはや「定年=リタイア」という時代ではなくなったといえる。
厚生労働省「高齢社会に関する意識調査」)によると、就業理由で「経済上の理由」を挙げているのは40〜49 歳が最も多く( 77.55%)、年齢層が上がるほど目に見えてその割合は低下していく。 一方、「生きがい、社会参加のため」と回答した割合が最も多かったのは 70〜79 歳(58.3%)。次いで 80 歳以上( 50.0%)、 60〜69 歳(46.1%)となっている。年金だけでは生活が苦しいから働いているシニアばかりではなく、約半数の働くシニアは、仕事に「生きがい、社会参加」を求めているのである。
このシニアの声にこそ、働くことの本質を読み取ることができる。
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