老後2千万円が解決しても50代は幸せにならない
マネープランに偏重した定年後の生活設計は間違い。本当の幸せをつかむには……
前川孝雄 (株)FeelWorks代表取締役 青山学院大学兼任講師
定年後の夫婦生活は夫が考えているほど甘くない
まず、妻と二人きりで過ごす生活がそうすんなりとは成り立たない。なにしろ、会社員当時に家庭を顧みてこなかったのだから、妻との間に共通の趣味もなければ、話題もない。
それまでは、夫が平日はほとんど家にいないからこそ、なんとか夫婦関係が成立していたとしたら、妻にとって夫が一日中家にいることはストレスでしかない。その結果、夫婦二人きりの家庭に、悠々自適というにはほど遠い、寒々しい空気が流れることになりかねない。

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また、会社人間だったシニアには、毎日行くところもすることもない。そのため、夫婦関係が特別良好というわけでなくても、妻が買い物に出かけるとなると、「オレも行く」と意味もなく付いて歩くシニア男性も多い。俗に言う「濡れ落ち葉亭主」。これも妻にとってはストレスでしかない。
この手の話は、定年前から老夫婦のよくあるエピソードとしてさんざん耳にしているはずだ。しかし、仕事にかまけて妻と向き合ってこなかった人たちは、夫婦間にある価値観のズレや感情の行き違いも、自覚しきれていない。
そのため、「そうは言っても自分たちはなんとかなるだろう」というふうに甘く考えがち。そして、実際に定年後の生活を迎えてから、妻とのギャップを初めて実感することになってしまう。
会社で築いた人間関係は定年後には終わる
人生100年。定年後が数10年続く現代。そもそも、家庭を除くと会社関係のつながりしかないことは大きな問題だ。
会社関係のつながりは、定年後あっという間に希薄になる。定年退職した側は、長年同じ釜の飯を食ってきた部下や後輩との人間関係は退職後も続いていくと考えがちだ。もちろん人徳があれば実際続いていく人もいる。しかし、現役世代の後輩の多くは、退職した上司や先輩と積極的に関わりたいとは考えないものだ。職場の上司・先輩だから付き合ってきただけと考える人も少なくない。そう聞くと空しく感じる人もいるだろうが、それが現実なのだ。
それなら、定年退職後に地域や趣味のコミュニティーに参加すればいいと考える人もいるだろう。しかし、これも思いのほか難しい。
日本型組織の中で長い間、同質性の高い人とばかり付き合ってきたサラリーマンは、地域や趣味の世界で、多様な人たちと一から人間関係を築くのが苦手な場合が多いからだ。「元〇〇」と企業名や肩書きを強調するほど、地域では浮いてもしまうだろう。
健康寿命が延び、空虚な時間を持て余す?
その結果、公共図書館や大学の公開講座などは、行き場のないシニア男性で溢(あふ)れ返っている。私も国際情勢や経営が学べる講座に参加したことがあるが、周囲がリタイアしたシニア男性ばかりで驚いた。
もちろん、定年退職後も国際情勢や経済・経営に興味を持ち、学ぶこと自体が悪いわけではないが、リタイア組のシニアには、学んだことを直(じか)に活かす場は少ないだろうと、切なく思ったものだ。
おまけに、様子を観察していると、参加しているシニアの男性同士が交流することもほとんどなく、それぞれが黙々と聴講している。「これが女性同士だったら、隣に座った人とちょっとした雑談などが始まりそうなものだが……」と感じた。
定年退職後のこのような生活が、果たして幸せと言えるのかどうか。
お金の心配がなくなったところで、それだけで定年後の幸福が約束されることはないのである。むしろ健康寿命が延びたことで、空虚な時間を持て余す苦難が増えかねない。