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ゴーンが記者会見で示唆した「逮捕の真相」

彼は、何故、マクロン大統領を非難したのか?

吉松崇 経済金融アナリスト

本当に何も語らなかったのか?

 まるでサスペンス映画のような日本からの逃亡劇の後で、1月7日、カルロス・ゴーンがベイルートで記者会見を開いた。

 当然のことだが、この記者会見はカルロス・ゴーンが自らの正当性を主張するために自ら設定した場である。彼は、勿論、逃亡の詳細について一切語らなかったし、逮捕容疑である自らの報酬の有価証券報告書虚偽記載や日産の資金の不正流用を全て否定した。

 この記者会見に、日本のメディアは3社(朝日新聞、テレビ東京、小学館)しか呼ばれていない。彼の目的が、日本の外に向けて「日本で如何にひどい不当な仕打ちを受けたか」をアピールすることにあるのだから、彼にとって重要なのは欧米のメディアである。

 おそらく、日本の殆どのメディアはこの記者会見をインターネットで聴取して報道したのであろう。そして、日本のメディアの関心は圧倒的に「逃亡劇」にあったようで、その後の報道を見ても、「ゴーン容疑者は何も語らなかった」というものが圧倒的である。

 関心を「逃亡劇」と「逮捕容疑」に限れば、ゴーンが何も語らないのは当然である。むしろここは、そのほかに興味深い発言がなかったのかという点に、関心を向けるべきであろう。

記者会見するカルロス・ゴーン被告=2020年1月8日午後、レバノン・ベイルート

 その観点で、ブルームバーグ・ニュースが興味深い報道をしている。

 この報道によれば、「マクロン大統領がルノーと日産の一層の経営統合を強く求めたことで、日産とルノーの関係が著しく悪化した。これが、日産の幹部が私に反旗を翻した原因だ」とゴーンが語った、とのことだ。

 なお、この記事は日本の英字新聞、ジャパン・タイムス(”Ghosn blames France’s Macron for turning Nissan against him before arrest” Japan Times,January 9,2020)に転載されている。

 もう少し詳しく見てみよう。

ゴーンはルノー・日産の連携を阻害し、自らの存在感を高めた

 ゴーンが指摘したのは、2018年(この年の終わりに彼が逮捕されるのだが)、フランス政府がルノーに対し、ゴーンCEOを再任する条件として、ルノーと日産の一層の経営統合を求めた事実である。

 つまり、フランス政府とマクロン大統領は、それまでのゴーンCEOによるルノーの経営に不満だったということだ。

 フランス政府はルノーの株式議決権の28%を握る大株主である。「一層の経営統合を求めた」ということは、マクロン大統領とフランス政府は「日産はルノーが株式議決権の43%を握る実質子会社であるにも関わらず、経営の独立性が強すぎて、ルノーが投資に見合うメリットを得ていない」と考えていたという事だ。

 外部から詳しいことは窺え知れないが、おそらくマクロン大統領はゴーンの解任も検討したのだろう。

安倍首相を出迎えるマクロン仏大統領(右端)。右から3人目はブリジット夫人、4人目は昭恵夫人=2019年8月24日、フランス・ビアリッツ

 どう考えても、マクロン大統領とフランス政府に逆らって、ルノーの経営はできない。ゴーンがこの年にCEOに再任されたということは、彼はフランス政府の要求を呑んだのだろう。この記事によれば、それは持ち株会社の下にルノーと日産を子会社とする方式だったようだ。

 「フランス政府の要求が私を窮地に陥れた」というのがゴーンの描くストーリーだが、ここでブルームバーグの記事は、この記者会見を見た或るルノーの幹部の異なる見方を紹介している。

 この匿名のルノー幹部によれば、「ルノーと日産の間に本当のアライアンスなんて、存在しなかった。何故かといえば、ゴーンこそがアライアンスの障害だったからだ。ゴーンは、ルノーと日産の間のコミュニケーションを阻害することで、彼自身を両社で不可欠な存在にしたのだ」という話になる。

ルノーの大失態が生んだ日産のガバナンス機能不全

 カルロス・ゴーンは、ルノーによる日産への出資に伴って、ルノーにおける上席副社長の役職を維持したまま日産に入社した。そして2000年6月に取締役COOに就任し、さらに2001年6月からは取締役CEO、つまり日産のトップとなった。

 日産での成功を評価されたゴーンは、2005年5月にはルノーの取締役CEOにも選任される。これによりゴーンは、ルノーと日産というフォーチュン・グローバル500にリストされる世界的大企業2社のトップを同時に努める世界で初めての経営者となった。

 しかし、同一の個人が親会社であるルノーと子会社である日産のトップを同時に務めるというのは、異例なだけでなく異常な事態である。何故なら、子会社である日産の株主総会で取締役であるゴーンを選任する議決権を行使するのが、ルノーのトップであるゴーン自身だからだ。

 もちろん、全ての日産の取締役について、ゴーンによる支配が及ぶのだから、これでは日産の経営がゴーンの独裁になることは火を見るより明らかだ。

 ゴーンが逮捕された後で、「トップの不正が見過ごされてきた日産のガバナンスの機能不全が問題である」というジャーナリストや経営評論家の見解がメディアを賑わせた。だが、それは、ルノーが子会社のトップをルノー自身のトップに選任したという大失態が生んだ構造的なものなのだ。

 この構造では、ゴーンでなくとも、子会社で独裁体制が必ず成立する。

ゴーンの逮捕はクーデターだった!

 ここから先は、私の推測である。

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