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新型コロナウイルス、感染対策以外に必要なもう一つの視点

アンガーマネジメントの専門家、横浜市立大学医学部看護学科講師に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルスの国内での感染者が増えています。13日には東京都や千葉県、和歌山県で渡航歴のない日本人感染者が見つかり、神奈川県で亡くなった患者は当初は感染を疑われず通常の肺炎と診断されていました。クルーズ船での感染拡大も止まりません。日本感染症学会は無症状者のウイルス分離から、「すでに市中で散発的な流行が起きてもおかしくない状況」と注意を呼びかけています。世界保健機関(WHO)はワクチン開発に12~18カ月を要するとみています。新型コロナウイルスをめぐり、国民の間に漠然たる不安が広がるのは当然でしょう。

 問題は、そうした漠然たる不安が、たとえば感染者の多い地域の人や帰国者の排除といった、感情的な対応を引き起こすことです。ともすると、理性を超えようとする感情を、私たちはどうコントロールしていけばいいのでしょうか? 東京でのオーバーシュートやロックダウン、首都封鎖も現実味が帯びてくる中、社会的な混乱を防ぐことが重要になってきます。

新型コロナウイルス対策で必要なもう一つの視点横浜港の大黒ふ頭に停泊するダイヤモンド・プリンセス号=2020年2月13日、岩崎撮影

「散発的な流行が起きてもおかしくない状況」

 WHOの2月13日の発表によると、累計の感染者数は、中国が46550人で、中国以外が24カ国447人と増えています。厚生労働省の発表とタイムラグがありますが、日本はクルーズ船の患者を含めると、感染者がとても多い国のひとつになっています。

 なぜ、そうなったのか? 理由のひとつとして、インバウンド政策でビザの発給が緩和され、外国人の入国者数が急増していることが挙げられています。労働力不足を背景に、外国人の往来が増えているという事情もあります。SARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した2002年と比べても、感染症に関する政策や対策は重要さが増しているのは明らかです。

 前述したように、日本感染症学会は2月3日付の市民向け注意事項の中で、「無症状者からのウイルスの分離などの事実が明らかとなり、本邦にウイルスが入り込み、すでに市中において散発的な流行が起きていてもおかしくない状況」とアラートを出しています。政府は「水際対策」に力を入れるとともに、通常医療の現場を混乱させないため、新型コロナウイルスの感染の疑いがある患者を、特定の医療機関で診るようにする体制が整備されつつあります。

 そんなタイミングで、13日、東京都内のタクシー運転手や千葉県の渡航歴のない男性の感染が確認されました。神奈川県では80代の肺炎患者が亡くなりました。渡航歴はありません。散発的な市中感染の拡大が懸念されます。

 こうしたなか、抗がん剤や抗リウマチ薬など、治療効果は高いが免疫機能を低下させる新薬を使っている人たち、糖尿病やぜんそくといった基礎疾患を持つ人たちは、新型ウイルスへの不安を募らせています。また、チャーター機で中国から帰国して公的な施設やホテルで経過観察している人たち、クルーズ船の狭い部屋にこもっている人たちのストレスも相当なものでしょう。14日から80歳以上で基礎疾患がある乗客などの下船が認められる方針ですが、それは一部でしかありません。

 新型コロナウイルスの感染の先行きが依然、分からない今、どうやって不安に陥りがちな心をコントロールすればいいか――。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会のトレーニングプロフェッショナルで、精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士でもある横浜市立大学医学部看護学科の田辺有理子講師に具体的に聞いてみました。

アンガーマネジメントの専門家、横浜市立大学医学部看護学科講師に聞くWHOの世界の感染状況を知らせるリポート(2020年2月13日)

不必要な怒りに振り回されない

――新型コロナウイルスについて、致死率や重症化リスクがだんだん分かってきました。市民はストレスを抱えた生活を余儀なくされています。狭い部屋で経過観察期間を過ごさなくてはいけない人はなおさらです。自分の怒りをコントロールして経過観察期間を過ごしたり、市民生活をしていったりするためにはどうしたらいいのでしょうか。

 アンガーマネジメントは、怒りに振り回されて怒ってしまったことを後悔しないようにするための心理トレーニングです。怒らないようになるためのものではありません。怒っている人をなだめたり、静めたりすることと勘違いしている人がいます。しかし、世の中で起こることはなくせないので、自分が不要な怒りに振り回されないことを目指すと考えるとよいと思います。

 新型コロナウイルスを巡る一連の出来事では、経過観察をされている人はストレスがたまると思います。狭い部屋で「何で自分はこんなことになっているんだろう」と考えるでしょうが、感情の表出の仕方は人それぞれ違います。

 最初はチャーター機での帰国者、次はクルーズ船が注目されていますが、もっと身近なところでも問題は起きています。宿泊施設のスタッフに「何で中国人が泊まっているんだ」とクレームを付ける人がいます。飲食店でも町中でも、近くに中国人がいるだけで嫌悪感を示す人もいます。感染していない人たちでも、そのような怒りをクレームという形でぶつけるのです。

 不安があるのは分かりますが、その表現は上手ではありません。クレームを受ける側もストレスがたまります。

新型コロナウイルス対策で必要なもう一つの視点横浜港の大黒ふ頭に停泊するダイヤモンド・プリンセス号。バルコニーのある船室の乗客は、外に出てストレッチをする人もいた=2020年2月13日、岩崎撮影

――そのような怒りをぶつけてしまう人はどのように自分をコントロールすればいいのでしょうか。

 怒りをぶつけてしまう人は、本来向けるべきところではないところに怒りを表出してしまっている人たちです。怒りは、2次感情といわれ、背後には1次感情が見え隠れします。新型コロナウイルスの件で言えば、“不安”が大きいでしょう。どうしたらいいかわからないので、不安をかき立てられてしまうのだと思います。そうすると、街を歩いているだけで危ないのではないかと思ってしまう人が出てきます。

 ニュースをみて、あるいは飲食店や電車のなか人混みで、イライラする背景には、見えないウイルスへの恐怖や感染への不安が大きいと思います。自分が不安なのだと気付いたり、言葉にしてみたりすると、それは怒りで表現する必要のないことかもしれません。

衝動的な対応が失敗を招く

――1次感情は、今回の場合、不安です。

 怒りは2次感情で、怒りの背後に隠れている1次感情が今回の例でいえば怒っている人の背後には不安や恐怖があるという人も多いと思います。自分や身近な人が感染したらどうしようという不安から、関連のニュースを読みあさり、対策にヤキモキする人もいると思います。

 ほかにも仕事に影響が生じる、予定の変更を余儀なくされることで「困惑」する、あるいは楽しみにしていたイベントが中止になって「残念」「落胆」などがあります。

――経過観察をしている人に、仕事としてサービスを提供している人たちがいます。医師が適切な説明をしたうえで、感染リスクを下げて仕事に従事していますが、ストレスはかかりますし、部屋で待機させられている人たちとの間の、ちょっとした言葉の行き違いなどから感情があらわになることもあるでしょう。

 ストレスの高い状況においては、気持ち余裕がなくなります。実際、売り言葉に買い言葉で失敗する可能性が誰にでもあります。状況がみえないなかで質問攻めにあう、忙しいところに様々な要求がくる、ときには怒りをぶつけられたりして、「俺たちだって大変な思いをしてやっているんだ」と勢いで言いたくなる場面もあるかもしれません。災害現場などでも混乱のなかで「自分たちだって寝ていないんだ」と言いたくなるようなときがありますよね。しかし実際に感情的に対応してしまえば、後で職員としての対応がまずかったと自分を責めることになりかねません。

 アンガーマネジメントのポイントは、「衝動」と「思考」と「行動」をどうコントロールできるかにあるとも言えます。この衝動のコントロールは、まさに売り言葉に買い言葉にならないようにということを意味しています。

アンガーマネジメントの専門家、横浜市立大学医学部看護学科講師に聞く東京都北区のホームページ

――その場ですぐ返さないということですか。

 感情にまかせて反射的に言い返しそうになったときに、ちょっとこらえることができれば、冷静に言葉を選んで対応できます。

 こうしたことは日常生活の中でもあります。仕事でも、子育てでも、あおり運転もそうです。ちょっとしたきっかけでプチンと切れてしまう人がいます。「つい」「かっとして」「いらっとして」とか、「頭が真っ白になって」とか。まさに「衝動」の部分です。そういうときに、ちょっと冷静になって対処することが大切です。

 冷静になって考えてみると、怒る必要のないこともあるものです。

新型コロナウイルス対策で必要なもう一つの視点横浜港の大黒ふ頭に停泊するダイヤモンド・プリンセス号。入国していない状態のため、患者の統計でも区別されている=2020年2月13日、岩崎撮影

思考の整理ができるようになろう

――思考の整理ができるようになるといいわけですね。

 自分の思考として、何が怒りやイライラにつながっているかが見えてくると、整理しやすくなります。
怒りは理想的な状態や期待とそうでない現実とのギャップが引き金になると考えられます。安全だと思っていた国が見えないウイルスの脅威にさらされている、出張や旅行の予定が中止を余儀なくされる、少し前までは考えられないような仕事への影響が生じているなどの現実です。

 思考パターンの整理ができるようになってくると、ニュースを見聞きしていて色々不安がわき起こっても、他人に怒りをぶつけたり、攻撃したりすることが適切な方法でないということに気付くことができます。人によって状況も違いますし、同じ状況においても怒りの引き金をひく人もいれば、そうでない人もいます。自分の感情は他の誰でもなく、自分自身が選んでいるのです。

ストレス対処法の引き出し多いことが大切

――心身のバランスを崩さないようにするために、部屋の中で待機するように言われている人たちと、その対応をする人たちとは、どのように感情をコントロールすればいいのでしょうか。

 突然生活を制限された人も、緊急で対応しなければならない人も、大変な状況のなかではイライラしやすくなる、いわば怒りがわいてくることは、自然なことだと思います。しかし、同じ状況でもコントロールできる人とできない人がいます。「これは自分自身の不安なのだ」と気付けるかどうかで目の前の人に対する対応が変わってくると思います。

 例えば、市中のレストランで食事をして、隣向こうのテーブルに外国人がいたというだけで店員を呼びつけてクレームを付けるとか、無関係な人を排除しようとするのは違うんじゃないかと自分自身で気付けるようになることです。

 私はいま不安だから、外に出るのを少し控えよう、といった思考ができていればいいと思います。

――保育園に子どもを預けて共働きしている若い世代は、子どもの感染対策でも不安を感じています。「じゃあ、どうしたらいいのか」が分からないため、不安を募らせたり、不正確な情報に振り回されたりしている人がいます。

 実際にマスクは咳エチケットとしての拡散防止はあったとしても、予防効果には疑問符が付けられています。子どもはどうしてもマスクに触ってしまうし、大人でもマスクがあごにずれて、鼻が出ている人がいます。マスクをすることを重視するのは、親の不安からきていると思います。マスクは1回外した時点で捨てないといけません。そうしたことを幼い子たちに強いるのは不可能ですし、ストレスになってしまう子どももいるでしょう。いつもより丁寧に手を洗うなど、多くの情報のなかから自分にできる対策を見極めることも必要です。

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