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新型コロナウイルス、封じ込めから国内流行期対策へ転換を

新型インフルエンザ対策に取り組んだ三宅邦明・前厚生労働省結核感染症課長に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルス感染症の流行がとまりません。感染経路がはっきりしない患者が増える「流行期」、「蔓延期」のフェーズに入り、水際対策や封じ込めを狙う時期は過ぎたことを前提として、新型インフルエンザのときのように、通常の医療を崩壊させないためのリソースの適正配置、適正利用が必要になっています。オーバーシュートが起これば流行期が今後2~3カ月は続くと考えられるなか、ふだんの生活をどれだけ制限すればいいのか。2019年3月まで厚生労働省結核感染症課長をしていた三宅邦明さんに21日午後5時30分、渋谷のオフィスでインタビューし、読み解いてもらいました。

流行・蔓延のシグナル始まる

 厚労省は17日、相談・受診の目安として、重症化しやすい高齢者や糖尿病、心不全、呼吸器疾患の基礎疾患がある人や、透析患者、免疫抑制剤や抗がん剤治療を受けている人、妊婦などを除き、「帰国者・接触者相談センター」に電話相談する目安として、「37.5度以上の発熱が4日以上続く」「強いだるさや息苦しさがある」人という基準を公表しました。

 さらに、20日には、イベント開催について「感染拡大の防止の観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討していただくようおねがいします」としながらも、「現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではありません」という国民向けメッセージを出しました。

 横浜港大黒ふ頭のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号内での感染拡大や死亡者が出たことが注目されがちですが、とても重要なシグナルです。

 また、日本感染症学会と日本環境感染学会は21日、「水際対策から感染蔓延期に向けて」という表題で、市民向けに病気の姿を示したうえで、「1週間以内に症状が軽快しそうであれば、自宅での安静で様子をみます」「高齢者・基礎疾患を有する人は外出を控える、人ごみの中に入らない」「現在実施されているウイルス検出のための検査(PCR法)には限界があります」といったアラートを出しています。

 論座ではこれまで、「今備えるべき新型コロナウイルス対策は何か」(2月3日)、「新型コロナウイルス、感染対策以外に必要なもう一つの視点」(2月14日)と専門家のインタビューを続けてきましたが、3回目は厚労省や内閣官房で新型インフルエンザ対策に取り組み、新型コロナウイルス対策の中心となる厚労省結核感染症課長を2019年3月に退職した三宅邦明さんに現在の見方やこれから必要なことを聞きました。

三宅邦明・前厚労省結核感染症課長インタビューに答える三宅邦明さん=岩崎撮影

チャーター機での帰国者の感染者数で「国内に入っている」と確信

――感染対策の基本とそのアプローチについて教えてください。

 感染対策は、平常期とパンデミック期の二つに分けて考えます。平常期は、モニタリングと必要に応じて介入ができるよう、準備をします。そのため、厚労省や国立感染症研究所は自治体、医療機関と協力しながら常にモニタリングをして、異常がないか調べています。

 しかし、クライシスになったときは、モニタリングをもとに効果的な介入をしていくか、次に何が起こるのか、今やっていることを続けるかやめるかといったことなど、次に何が起こるのかを想定し対応していくことが重要になります。

――もともとコロナウイルスは常在していましたが、変異する中で2000年代に、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)が出てきました。今回もその一つです。

 SARSやMERSなどの新たな感染症が毎年のように出現し、流行しているようにかんじます。しかしながら、今まで見えなかったものが見える時代になってきたのだと思います。実は変異した新たな感染症は毎年のように出現していたのではないでしょうか。いままでは、何かおじいちゃんやおばあちゃんが重症化しやすい風邪が流行っているなあ、ということで終わっていたり、都市部から離れた村レベルで小規模に発生したりしていたものが、サーベイランス機能が良くなってきたので、新型だと分かるようになったということです。

 くわえて、人の往来が増え、国を超えた感染拡大もスピードアップしたというのが新しい現象だと思います。

 新型コロナウイルスが拡大するスピードの速さや、武漢からチャーター機で帰国した人たちの感染者の割合をみたとき、これは確実にすでに国内に入っているなと思いました。感染が始まったとされる武漢の市場と関係ない日本人があれだけ感染しているということは、武漢で市中感染が起きていることを示唆しています。新型インフルエンザ対策と同じように、政府や医療関係者らが大規模なオペレーションを組み国全体で取り組まなくてはいけないと思いました。

クライシスマネジメントで重要なリスクコミュニケーション

――そもそも中国から日本への旅行者が増えていることにくわえ、今回は発生時期が年末年始や春節に重なったという事情から、多くの旅行客が日本を訪れていました。政府やメディアは当初、水際対策強化に関する施策をアナウンスし、WHO(世界保健機関)より厳しい水際対策を強調してきましたが、感染症の臨床医からは、早くから水際対策の限界と次のフェーズへの対応を求める声がでていました。なぜ、国民は「水際で止めて欲しい」、「水際で止められるんだ」という誤った理解をすることになったのでしょうか。

 このようなクライシスマネジメントには、リスクコミュニケーションが大切です。政府は、「水際対策や封じ込めは完璧にできませんが、国内にウイルスが入り込むスピードを遅くするために必死にやります」というメッセージを、国民に向けてしつこいくらい繰り返し伝えていくべきでした。そのようなメッセージは伝えていたものの、国民の期待、わかりやすいメッセージが取り上げられやすく、結局のところは、2009年の新型インフルエンザ発生の時と同様に、わかりやすい「もっと水際対策やります」「封じ込め対策をやります」ばかりが報道され、話題となり、国民や政治家の期待をいたずらに高めたことを、いま歯がゆく感じています。

 潜伏期間がある以上、一定数の感染者が国内に入ってしまうのは仕方がないと考えたうえで対策を行うことが肝要です。世界中の国々が、感染が発生した国の人々の入国を拒否すると、世界経済がマヒしてしまいます。リスクとのバランスを考えたうえで、流入速度を落とすしかありません。

――パンデミック対策は、先々に起こることを予測し、所管外のことも含めてスピード感を持って対策を練り、限られたリソースの中で効果的に実施していかなければなりません。

 厚労省として、現在はどのような状態で次に何をすべきかを相談するのは、検査や疫学を専門とする国立感染症研究所と、臨床医療の国立国際医療研究センターです。しかし今回は、PCR検査の数が多くて感染研の負担が増し、疫学調査や防疫の助言など本来の役割を十分に発揮できていないという課題があります。

――SARSが起きたころ、行政改革の一環で検疫をスリム化してもいいのではないかという話がありました。都道府県の衛生研究所を民間の検査機関で代替できるのではないかという議論もありました。平時はそれでいいかもしれませんが、それでは緊急時に対応するリソースが足りません。どうしたらいいのでしょうか。

 ここは悩ましい部分ですが、感染対策も、警察や消防のように、日ごろから備える人たちを確保すること、「予備役」的な人をそろえておくことの重要性を、関係者は再認識したと思います。感染研や内閣官房新型インフルエンザ対策室、検疫所などを母体に、日本版CDCのような組織をつくり、日ごろから研究や訓練をしている医師ら専門家集団を増やし、平時から抱え込んでおくべきでしょう。

クルーズ船横浜港の大黒ふ頭に停泊するダイヤモンド・プリンセス号=2020年2月13日、岩崎賢一撮影

水際対策強化で見えづらくなった面も

――政策決定には、厚労省レベルでできるものもあれば、内閣官房、首相官邸レベルで全省庁的に取り組まなければならないこともあります。今回、そうした政策決定プロセスはスムーズにいったと思いますか。

 今回は、政府全体で取り組んでいる感じがすごく出ています。ただ、それにはメリットがある反面、デメリットもあったと推察しています。

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