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新型コロナの自粛で街が沈む 「炭坑のカナリア」と化した飲食店オーナーの声

シャッター街から再生しつつあった甲府でいま何が起きているのか?

大木貴之 LOCALSTANDARD株式会社代表、 一般社団法人ワインツーリズム代表理事

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大と外出や会食を控える動きに拍車がかかり、街のレストランやカフェは青息吐息となっています。安倍晋三首相は7日、政府の会議で影響を受けている事業者に対し、実質無利子、無担保の貸付制度を創設する方針を示しましたが、新型コロナウイルスの終息のめど、借金を返済していけるめどがなければ手を上げにくいという声が聞こえてきます。東京都でも25日夜、小池百合子知事が会見し、「感染爆発の重大局面」として週末や平日夜の外出、小規模の会食などの自粛を要請しました。
 山梨県産ワインを出す飲食店3軒を甲府市内で営み、ワインツーリズム山梨のプロデューサーでもある大木貴之さんはいま、自身についてフェイスブックで「炭坑のカナリア」と表現しています。いま何が起きているのか、何が必要なのか、寄稿してもらいました。(論座編集部)

フォーハーツカフェ閑散としたフォーハーツカフェ山梨文化会館店=大木さん撮影

いつまで我慢して事業を続けることが正解なのか

 全店舗の全予約がキャンセル。3月の予約がゼロに。3月は一年の中でも稼ぎどきなのに……。

 2月25日に政府の新型コロナウイルス対策基本方針が出てから、不要不急の外出を控える動きが強まりました。山梨県の甲府市にある私の店でも、当然ながら取り巻く環境が一気に厳しくなりました。2月末までには大口の予約は3月分を含めて全てキャンセル。3月になると個人のお客様からもキャンセルが相次ぎ、とうとう予約がゼロになりました。甲府市の街は、人通りが少なくなり、閑散としてしまっています。

 それでも店を開けているのは、閉めてしまうと完全に収入がなくなってしまうからです。いつまでこの状況が続くのか全く先が見えません。私たちのような小規模事業者は、大企業のように何カ月も耐えられるような体力がありません。

 私が経営する3店舗は、2000年オープンの店が甲府駅の南口にあり、県庁や市役所に近い中心市街地に位置しています。残りの2店舗は甲府駅の北口からすぐの場所と、山梨県立図書館内にあります。山梨県立図書館は、新型コロナウイルスへの対応によって閉館しており、それにともなって図書館内の店も休業になってしまいました。

 例年、季節的にも営業的にも厳しい冬を耐え、歓送迎会などが多く催される3月や4月で冬の分を補っています。昨秋の消費税の増税で一層厳しい冬だったところに、新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、現状は一息つくどころか存続も危うい状況になってしまっています。

 そして今月この状況を乗り切っても、来月はどうなっているのか、また次の冬はどうなるのかと考えると、日に日にこの事態を乗りきろうというポジティブな考えから、もはやいつまで我慢して事業を続けることが正解なのかといったネガティブな気持ちに傾きがちになり、気持ちが揺らいできているのが正直なところです。

フォーハーツカフェ地場の良質なワインを提供する店として県内外から訪れる人が多かった=大木さん撮影

仲間の恩義に支えられている日々

 店をオープンしないと収入がゼロになるので毎日開店させています。スタッフの手洗いの徹底、店内のあちこちをこまめにアルコール消毒、まだ外は少し寒いのですが換気を徹底しています。

 それでもお客様は少しでもリスクを冒したくないのでしょうから、足が遠のくことは仕方がないことと思っています。

 こうした先の見えない不安の中ですが、うれしいこともあります。これまで一緒に仕事をしてきた山梨県外の仲間たちがふらりと来てくれたり、予約を入れてくれたりします。また、ワインツーリズムを毎年一緒に取り組んでいるワイナリーの醸造家さんが来てくれて、「こんなときはお互いさまだから」と言って1番値段が高いワインをあけてくれたこともありました。

 かつて仕事をしたころがある自治体の人から「お久しぶりです」と予約が入ったり、ママになってなかなか来られなかったかつての常連さんが子どもを実家に預けて数年ぶりに訪れてくれたりしています。なじみの皆さんが「この状況はきっと大変に違いない」と仲間を連れて来てくれています。

 本当に皆さんのご好意には感謝しかありません。来てくれた人たちと思い出話や近況報告で話が尽きず、この騒動をいっとき忘れることができます。こうした皆さんに支えられ、月末の支払いの時の不安を頭の片隅に追いやり、日々過ごしているのが現状なのです。

フォーハーツカフェシャッター街から再生しつつあった甲府の中心市街地にあるフォーハーツカフェ本店=大木さん撮影

シャッター街に逆戻りが心配

 不安なことがもう一つあります。

 甲府という街は、リーマンショックの後、地場産業の事業者を利用して、地域での消費は地域内で循環させるという仕組みづくりに取り組んできた結果、少しずつ活気が戻ってきたところでした。今回の状況が長引いて、チェーン店だけが残る元のシャッター街になるようなことにならないかという懸念です。

 私は、小さなカフェをきっかけにシャッター街と化していた地元の中心市街地をなんとかしようと、20年ほど前に東京から甲府にUターンして創業しました。お店だけでは街に変化を起こせないことに気がつき、人の流れをつくろうと、仲間とともに創業当時は全く注目されていなかった地元山梨のワインを使って、「ワインツーリズム(R)」という活動を立ち上げました。「ワインツーリズム」とは、<ものづくり>で停滞している地場産業を地域の<サービス業>が取り込むことによって、地域内の点と点を連携させ、魅力ある持続可能なエリアにしていこうという取り組みです。

ワインツーリズム山梨ワイナリーでの試飲や醸造責任者との交流が人気のワインツーリズム山梨=大木さん撮影

 具体的には、県内はもちろん首都圏などの人たちに山梨のワインを知ってもらい、ブドウ畑に点在するワイナリーを巡る旅をする人を地域が一体となって呼び込むことで、宿泊、飲食、旅行業、お土産、伝統工芸、イベント業など地場のサービス事業者を活用してもらおうというものです。こうした活動や、地方に移住したり、都会から故郷に戻ってきたりするような社会的な風潮もあって、最近では甲府駅周辺を中心に若い経営者たちのお店や事業者が増え、現在では空き店舗の数も少なくなってきていたところでした。

 しかし、こうした10年単位の取り組みを、この新型コロナウイルスの騒動は消し飛ばしてしまうのではないかと危惧しています。

 お店や事業者が増えてきたといっても小さなお店が多く、先が見えない中、業態によっては何カ月も耐えるような体力はありません。この状況は宿泊業、旅行業、イベント業などを直撃し、私の周囲の事業者の中にも3月〜4月の売り上げの見込みがほぼゼロになっているところがあります。

フォーハーツカフェ外国人旅行客も訪れるようになり、活気を取り戻しつつあった甲府駅前=大木さん撮影

節度と理性のある行動を

 こうした新型コロナウイルス騒動の中、リスクを考えながらも生活のためにまちの最前線で日々店頭に立っている自分の姿をふと立ち止まって考えてみると、私は「炭鉱のカナリア」という言葉を思い出してしまいます。

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