漁業、自動車、農業……。EUは傲慢な交渉姿勢を改め、英国に譲歩していくしかない
2020年03月11日
2021年以降のイギリスとEUの関係を決める交渉が開始された。中心はモノ・サービスの貿易や投資の保護などに関する自由貿易協定交渉だが、イギリスの経済水域でのEU諸国の漁獲などの交渉も含まれている。
ジョンソン首相をはじめとするイギリス政府は今年(2020年)中にこの交渉をまとめるとし、EUとの合意で認められている2022年までの延長は要求しないと主張している。
これは昨年暮れの保守党の選挙公約でもあり、この趣旨は議会が可決したブレグジット法の中にも規定されている。もし2020年中に交渉がまとまらなければ、来年(2021年)から、イギリスとEUは無協定状態となり、相互に通常の関税を適用する事態が実現することになる。
交渉期限を2020年中と区切ることはイギリスがEUにブラフ(脅し)をかけているようなものであり、EUではジョンソン首相の瀬戸際戦術(brinksmanship)だと評価されている。
2020年1月末のブレグジット以前は「合意なき離脱」が恐れられた。当時ジョンソン首相は「合意なき離脱」がありうるとEUを脅していた。しかし、このとき懸念された「合意なき離脱」と2021年以降に予想されるイギリスとEUの無協定状態とは同じではない。
北アイルランド紛争が再燃するのではないかと心配された北アイルランドとアイルランドの間の国境問題は、昨年(2019年)10月のイギリスとEU間の合意で解決されている。これを経て2020年1月末「合意ある離脱」が行われている。2020年にイギリスとEUの交渉が決裂しても、両者の間で関税や通関手続きが復活するだけである。ジョンソン首相の主張は大したブラフではない。
さらに、瀬戸際戦術とは、北朝鮮がアメリカに対して採る戦術がそう呼ばれているように、通常は、弱い立場の者が強い立場の相手と交渉する際の手段の一つである。実際にも、EU加盟国の首脳の中には、経済力で勝るEUがイギリスを圧倒できるという発言も行われている。27か国が加盟するEUとイギリスでは勝負にならないという余裕の声も聞こえる。EU加盟国だけでなく、イギリスと交渉にあたる欧州委員会の担当者も、イギリスは交渉上の弱者だと考えているようだ。
これは、イギリスがEUの市場に関税や割当て(quota)なしで輸出しようとしたいなら、労働や環境に関する規制や政府の補助(企業への課税)などの点で、将来ともEUの規制や政策から逸脱しないように要求するというlevel playing field(共通の土俵論)の主張に、最もよく表れている。
level playing fieldは、アメリカの交渉者が様々な通商交渉で好んで口にする主張である。この背景には、アメリカの産業が競争で負けるのは、相手が不公平な手段を使っているからであり、そうでなければアメリカが負けるはずがないという、傲慢または身勝手と言える思い込みがある。アメリカがスポーツで勝てないことがあるとすれば、競技場が平ら(level)ではなく、相手方に有利なように傾いているからだと言うのである。
日本との関係では、日本車がアメリカ市場に輸出されるのに、アメリカ車が日本でさっぱり売れないのは、日本政府の規制や特殊な日本の商慣行によって、アメリカ車が不公平に扱われ排除されているからだというのである。こうした考えが、アメリカの政府や自動車産業の中に根強く存在する。知的水準が高いはずの人さえ、このような意見を持っていることに驚くことがある。
しかし、日本で、メルセデス、BMW、ボルボ、プジョー、フィアット、ミニなどのヨーロッパ車は多数見かけるのに、フォードやGMなどのアメリカ車はほとんど見かけない。アメリカ人が日本でアメリカ車が売れない理由を知りたいなら、日本に来て通りすがりの日本人にアメリカ車を買いますかと聞くだけでよい。アメリカ車の評判が悪いから、だれも買おうとしないだけだ。
しかし、このようなアメリカでも、労働や環境に関する国際規律よりも緩やかな規制を採用することによって、アメリカ産業よりも有利な競争条件を獲得してはならないと主張するのがせいぜいで、自国の規制やそれと同等の規制を交渉相手国に要求したことはなかったはずである。欧州委員会がイギリスに要求していることを聞くと、いつからEUはアメリカよりも傲慢となったのかと思われる。
地球温暖化問題について、EUが将来炭素税を採用したり、その排出権取引制度を変更したりすれば、イギリスも同じような政策を採用しなければならないのだろうか?
将来ともEUのルールや政策を採用し続けるよう主権国家に要求することはできない。EUがこれまで自由貿易協定を結んできた日本やカナダには要求しないで、イギリスに要求するのは不当である。そのような要求は、イギリスをEUの属国扱いしているようなものである。
国際協定・条約の基本的な考え方は、相互に同じ権利・義務を認め合うという相互主義である。相互主義の観点からは、逆にEUがイギリスよりも規制を緩和することも認められないことになるが、それでもよいのか?
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください