ESD実践校の住田昌治・横浜市立日枝小学校校長が考える懸念とチャンス
2020年03月12日
新型コロナウイルス感染症の爆発的感染拡大を防ぐため、政府が学校の長期休校を要請してから約2週間が過ぎました。学校では新学期が始まる4月6日からの再開を予定しているところが多いといわれていましたが、WHO(世界保健機関)が12日未明(日本時間)に記者会見して「パンデミック」(世界的な大流行)との認識を示したことを受け、国内での流行具合や政治判断によって休校がさらに長期化する可能性がでてきました。さらに東京都では3月25日夜、小池都知事が記者会見で「感染爆発の重大局面」と述べ、オーバーシュートの可能性が危惧されています。環境、貧困、人権、平和、開発といった社会的課題を教育にいかしてきた「ESD」(持続可能な開発のための教育)を実践してきた横浜市立日枝小学校の住田昌治校長にインタビューすると、突然の長期休校が及ぼす「子どもたちのもう一つのリスク」と「学校イノベーションのチャンス」が浮かび上がってきました。
WHOのテドロス・アダノム事務局長は記者会見で「COVID-19は今やパンデミックであると言える」との認識を示しました。これは感染拡大をコントロールできなくなり、国境を越えた大流行で世界中の誰もが感染の脅威にさらされていることを意味するとされています。記者会見でも示されたように、114カ国で報告された11万8000症例のうち、90%以上が中国、イタリア、イラン、韓国の4カ国に集中しており、そのうち中国と韓国では流行が減少しているとしています。
ただ、報告をしていない国もあるうえ、感染対策が難しかったり、もともとの栄養状態が良好でなかったり、医療提供体制が脆弱だったりする国も多くあります。日本のような国でも、患者をコントロールできずに医療機関に殺到してしまうと医療崩壊が起きかねません。
日本でもここ数日、経済の大きな減速が伝えられていましたが、WHOは健康の保護、経済的および社会的混乱の最小化、人権の尊重の間でどうバランスをとっていくかが重要だとしています。WHOのパンデミック表明を受け、日本の新型コロナウイルス対策がいますぐに大きく変わるわけではありませんが、学校の長期休校や大規模イベントの自粛要請がどこまで続くのか、緩和の判断が難しくなってきました。
そんな中で子どもを巡る新たな危機が迫っている可能性があると警笛を鳴らす声があります。
ESD(Education for Sustainable Development)とは、持続可能な社会を担っていく人材育成のための教育を意味しています。文部科学省も力を入れており、住田さんはこれを横浜の公立小学校で主導してきました。日枝小学校の児童数664人のうち、2割ぐらいが外国籍と外国にゆかりのある子どもたちです(住田さんは「職員室のマネジメント改革」でも知られています)。
政府の有識者会議で感染防御の施策が長期間にわたる可能性が示唆された3月9日、住田さんを日枝小学校に訪ね、に学校でいま起きていること、これから懸念されることなどについて話を聞きました。
――政府が2月末、3月2日から全国の学校に休校を求める方針を急に示しました。各教育委員会、各学校の判断に委ねる部分もありましたが、結局、予防原則から大半の学校が一斉休校に入りました。住田さんが校長を務める学校ではどのような対応をしていますか。
公立学校なので横浜市教育委員会の方針に従っています。横浜の場合、まずは3月3日から13日まで休校とする通知が各学校に届きました。16日以降、どうするかは9日に改めて「一斉臨時休業の期間延長について、延長期間を令和2年3月14日(土)~令和2年3月24日(火)(ただし、卒業式の実施日を除きます)とする」という通知が届いたので、本校も3月24日まで休校とすることにしました。
――卒業式や修了式はどのように対応するのでしょうか。
修了式は実施予定です。卒業式は3月19日に行います。卒業生と教職員だけによる簡素な式です。卒業式で従来行われていた内容の一部をカットして時間を短くし、参加者もしぼりました。卒業生の座席も間隔を空けて座ります。
――校庭で遊んでいる子どもたちがいますね。この子どもたちは、なぜ登校しているのでしょうか。
横浜市は、1年生から3年生までの児童と特別支援学級の全児童を対象に、各学校での緊急受け入れを実施しています。4年生以上の児童はひとりでも自宅で留守番していることができるでしょうが、低学年や特別支援学級の児童はそれが難しいからです。両親が働いているなどして、家庭で1人で過ごすことが心配な子どもたちは、希望によって学校で受け入れています。
――緊急受け入れ事業には何人ぐらいの児童が参加しているのですか。
1日平均30人です。1~3年と特別支援学級を合わせると300人強の児童がいるので、1割ぐらいです。授業をやるのではなく、教職員は見守りです。持って来た課題やドリル、プリントをしたり、校庭で遊んだり、図書室で本を読んだり、おりがみをしたり、体育館で遊んだりといった具合に、学校の日課表のタイムスケジュールで1時間目から5時間目を学校で過ごします。学年ごとに場所を変えています。給食はないのでお弁当持参です。
――文科省からの通知に基づき、各地の学童では児童の座る感覚を1メートル以上離したり、なるべく接触させないようにしたりしています。緊急受け入れではどのように対応しているのですか。
教室では机一つずつ空けて座って勉強しています。お弁当のときも同じです。遊ぶのもできるだけ個人遊びができるもので、できるだけ接触しないようにしています。緊急受け入れの数が30人であることと、学校はもともとスペースがあるのでこのようなことが可能ですが、保護者が中心になって行っている学童保育や横浜市が行っている同じような放課後の受け入れの場である「はまっ子ふれあいスクール」、「放課後キッズクラブ」では、多くの児童が利用しているので距離を取るのは簡単ではないと思います。
――休校を巡り、メディアでは共働き家族やひとり親家族の保護者からの不安の声が取り上げられています。現場ではどのような保護者の声が届いているのでしょうか。
2月のかなり早い段階で、「早く休校を」という声が少数ですがありました。「集団でいることは危ないのではないか」という意見でした。その時点では文科省も横浜市もそのような判断していないので学校独自で休校にはできないと職員が伝えています。
政府の一斉休校方針後は、保護者からの声は学校に届いていません。急なことでしたが、家庭ごとに何とかやりくりされてくれたのだろうと思います。
しかし、課題もあります。急な休校なので、夏休みのように準備期間があり、子どもたちにも保護者にも十分に情報を伝えることができなかった点です。現状では、学校からの情報をいま保護者に伝える方法は、メール送信と電話連絡です。メールアドレスの登録は強制ではないので、休校前にできるだけ登録して欲しいとお願いのプリントを出しました。ただ、すべての人が登録しているわけではありません。
――ひとり親の子は、昼食を含めてどのように過ごしているのでしょうか。学校はどこまで把握しているのでしょうか。
緊急受け入れ事業の参加児童数については、当初100人規模だと予想していました。ところが、30人前後です。学校の規模や実態、家庭事情によって大きく違います。
今週、全校児童の家庭訪問をします。子どもの健康や安全を確認することが主たる目的です。ただ、会えない家庭もあるでしょうし、インターホン越しになってしまう家庭もあるでしょう。必ず家族が家に居てもらわなければいけないということでもないので、家庭訪問をしても見えない部分があります。
――心配している見えない部分とは何でしょうか。
一つは、家庭での過ごし方です。急な長期休校なので、対応は家庭によって違ってきます。長時間ゲームをしたり、YouTubeを見たりしている生活も心配です。文科省は人ごみに行かないようにと言っていますが、公園で体を動かすことも必要だと思います。
いま、オンラインで学習支援をしたり、教材を提供したりするサービスを無料公開する動きがありますが、自宅にインターネットを利用できる環境がなければ子どもたちには届きません。この格差はすごく開いていると思います。
――共働きだと夫婦が交代で在宅勤務をしたり、ママ友が交代で子どもたちの面倒をみたりする場合もあります。
そういう関係性があればいいですが、本当に家で一人ぽつんといるのではないかと思い、心配しています。
家庭訪問は安否の確認という側面があります。家庭の事情は様々です。学校給食を食べることによって満腹感を得ている子どもたちが、長期休暇によって家庭でちゃんと昼ご飯を食べられているのか、虐待はないかといったことです。学校には、様々な理由で児童相談所がかかわっている子どももいます。長期休暇によって、家の中で子どもと親だけになり、子どもが逃れられないような環境になっていないか、すごく心配です。
新型コロナも命にかかわることですが、家庭の中でも命にかかわることがあることを忘れてはいけないと思います。家庭訪問をすれば少し見えるかもしれませんが、本人に会わないとわからないこともあります。そのためにも、学校は臨時登校日を設けて教員や友だちと会う機会を作っていく必要があると思います。
たとえば、半分ぐらいずつ分けて分散登校する方法もあるでしょう。いまは長期休校を見据えて、ケアが必要な子どもにケアをする方法を考える時期に来ていると思います。
日枝小学校は給食の残食がゼロです。楽しみにしているということもありますが、それによって命をつないでいる子どもたちがまったくいないとは言えないのが現実なのです。
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