トランプ政権3年間の株価上昇は一気に吹き飛んだ。11月の大統領選時点でどうなるか
2020年03月16日
中国の武漢から端を発したコロナウイルスは、瞬く間に、イタリア、韓国、イランなど中国と関係の深い国を中心に伝播し、さらに世界中に拡大した。3月14日現在で感染者数は約13万人、死亡者は5000人となっており、増大する一方である。とうとうWHOの事務局長はパンデミックを宣言した。
イタリアと接するドイツのメルケル首相は、ワクチンなどもない状況では、ドイツの感染者が人口の60~70%になるのではないかという専門家の見方を紹介した。
2週間前は、米国、特にトランプ大統領は国内の感染者数は少なく(2月28日で60人)、対岸の火事だと思っていたようだ。トランプ大統領の発言から、我々は米国が日本人の入国を拒否するのではないかと心配していた。
あるカンファレンスに出席するため、3月16日から米国訪問を予定していた私は、9日にコロナウイルスによって入国拒否または2週間の抑留の恐れがあるので出席できないと主催者に連絡した。ところが、その翌日にカンファレンス自体が中止されるという連絡が入った。
この2週間のうちに米国では感染が急速に拡大し、感染者は2200人、死亡者も49人となった。検査体制の違いや不備があるので、感染者数の国際比較は適当でないが、比較してもよいと思われる死亡者について、米国は日本の倍となってしまった。日本の対応を批判するどころか、米国の方が大変な事態になってしまったのである。このままだと、日本が米国からの渡航を制限しなければならないかもしれない。
しかも、このような拡大を招いた責任は、トランプ政権にあるという見方が広がっている。
まずトランプ大統領は2月26日、インディアナ州知事時代にHIVウイルスの感染を拡大させた過去があるペンス副大統領を、新型コロナウイルスの対策チームの責任者に任命した。当時ペンスは保健担当者が注射針の交換を提案したのに、「家に帰って神に祈る」と答えて迅速な対応をせず、感染を広げたと批判されている。ペンスは熱心なキリスト教信者ではあるが、科学的な専門家ではない。
トランプはコロナウイルスに対しては極めてうまくコントロールしており心配することはないのだとツイッターで繰り返し発信してきた。感染しても危険な症状にはならないと主張し、職場に行ってもよいのだとさえツイートしていた。コロナウイルスが大変な事態を招くかもしれないというのは、メディアのフェイクニュースだと、メディアを悪者にしてきた。
インフルエンザに比べると死亡者数は少ないと主張していたが、これはコロナウイルス感染の初期の段階のものであり、今後感染が進んでいくとどうなるかわからない。米国政府内でコロナウイルス対策の責任者である国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長は、コロナウイルスは季節性インフルエンザの10倍の致死率だと述べている。
すぐにでもワクチンを開発できると述べたトランプの発言を、ファウチ所長は一年から一年半くらいはかかるとその場で即座に否定した。乗客を下船させたクルーズ船の対応はトランプの主張と逆になった。
さすがのトランプも科学者の言うことは否定できないようだ。このように、政権内が混乱している場面が公衆の面前にさらされている。これは珍しいことだ。
トランプが検査器具は十分あると発言する一方で、死亡者を多数出したワシントン州の知事は検査器具が足りないことが蔓延を招いたと批判している。実際にも感染を疑っている人が検査を受けられないことが報道され、ファウチ所長は議会証言で外国に比べ十分な検査が行われていないと誤りを認めている。
また、これほどまで感染者が増加した今でも、ファウチ所長は大規模集会の自粛を要求し、民主党の大統領候補者、バイデンやサンダースは大規模な支持者集会を中止したのに、トランプ大統領は再選に向けた集会を開催し続けると主張している。
トランプ大統領は、なぜコロナウイルスの影響を否定するような発言をしてきたのだろうか?
それは、経済に対する影響を心配したためである。いくら大統領が否定しても感染の拡大を押さえられるはずがないが、経済への影響を恐れるトランプは、コロナウイルスの影響は深刻ではないと思い込みたかったし、それを発信したかったのだろう。
経済指標の中でも、再選に向けての彼の最大のよりどころは、雇用と株価だった。
これまでのところ、失業率は低下傾向にあり、現在3.5%と50年間で最低の水準である。トランプにとって再選のカギは、前回の大統領選挙で8%しか獲得できなかった黒人票の上乗せである。このため、トランプ政権によって、黒人の雇用は拡大し、過去最低の黒人失業率だと主張してきた。確かに、これまでは順調だった。
しかし、コロナウイルスで状況は一変した。
日米などの先進国では農業や製造業の地位が低下し、サービス産業などの第三次産業がGDPの8割程度を占めている。さらに、機械化が進み労働の必要性が減少している製造業に比べ、対人サービスが基本のサービス産業では雇用・労働の比重が高い。
下の表が示すように、アメリカにおいて、GDPでは12%のシェアを持つ製造業は雇用面では8%のシェアしかない。逆に、医療などの保健衛生・社会事業はGDPでは8%のシェアなのに雇用面では13%のシェア、GDPでは6%の小売業は雇用面では10%、GDPでは3%の宿泊(ホテル)・飲食サービス業は雇用面では9%、GDPでは2%のその他のサービスが雇用では5%のシェアとなっている。
製造業と比べたサービス産業の特徴は、生産と消費が同時に行われるということである。工場で作られた車は自宅で利用する。しかし、銀座の有名なフランスレストランの料理は作られている場所に行かなければ食べられない。テレビでもスポーツ観戦はできるが、臨場感を楽しみたい人は競技場に足を運ぶ。ニューヨークのブロードウェイに行かないと、ブロードウェーミュージカルは見られない。祇園に行かないと舞妓さんの踊りは見られない。
このように、サービス産業は基本的には人が集まるところで成立し成長する。しかし、コロナウイルス感染を防止するためには、人の集まりを規制・自粛しなければならない。これによって影響を受けるのは、製造業というよりはサービス産業となる。しかも、そこでは多くの人が雇用されている。サービス産業が打撃を受ければ、レイオフ(一時解雇)が増加し、失業率は上昇する。
感染者が1万8000人、死者が1266人となった(3月14日現在)イタリアは、薬局と食料品店以外のすべての店を閉鎖した。米国でも、カリフォルニア州、ワシントン州、ニューヨーク州、メリーランド州、ペンシルベニア州、ワシントンDCなどがすでに非常事態宣言を出している。トランプ大統領より州知事の方が、危機感が強い。
ニューヨーク州知事は500人以上集まる場所の閉鎖を命じた。これでブロードウェーミュージカルは見られなくなる。コンサートや見本市などのイベントもプロバスケットボールやプロホッケーなどのスポーツも中止された。アメリカのディズニーランドは3月14日から閉鎖された。
アメリカで、ショービジネスやスポーツ産業は一大産業であり、これに関連して多数の人が働いている。トランプは3月14日から30日間イギリスを除くヨーロッパ26か国からの渡航を禁止した(16日からイギリスも渡航禁止対象に追加)。航空産業だけでなくホテルなど観光産業にとっては大きな打撃となる。
日本でも海外旅行客が減少した観光業や百貨店などは大きな影響を受けている。商業施設が閉鎖されれば、自動車など製造業の生産物も売れなくなる。
雇用は減少する。もう、トランプは雇用拡大という実績を支持者に訴えることが難しくなるだろう。
トランプ大統領は順調に上昇を続けてきた株価も、彼の成果として強調してきた。
彼の主張からすれば、中国との貿易戦争も米国の貿易赤字を縮小することが狙いだったはずである。しかし、2019年の夏ごろまで、米国の貿易赤字はむしろ拡大していた。トランプの政策は逆効果となっているのではないかと、当時ワシントンのシンクタンクの友人に指摘したところ、トランプにとって重要なのは株価だけで、それ以外の数字は重要ではないのだという答えが返ってきた。
株価もこれまでは順調だった。2017年1月の就任時に19864だったダウ平均株価は今年2月12日に29551のピークを打つまで、実に1.5倍に上昇した。
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