元東京都福祉保健局技監が小池都知事会見の新型コロナ自粛要請を読み解く
2020年03月27日
新型コロナウイルスの感染者の急増でオーバーシュート(感染爆発)の可能性が高まり、東京都の小池百合子知事は25日夜、事実上の「緊急事態宣言」とも言える自粛要請を表明しました。26日には安倍晋三首相と会談して協力を要請。「フェーズ」の転換は明らかです。
「感染爆発の重大局面」はいつまで続くのか。イタリアで起きている「医療崩壊」を食い止めつつ、どうやって「終息」させるのか――。
2009年の新型インフルエンザのパンデミック(世界的大流行)の際、東京都福祉保健局技監として日本の対応を指揮した桜山豊夫・東京都結核予防会理事長(医師)に読み解いてもらいました。
小池知事が25日夜、都民や東京都で働いたり学んだりしている人たちに要請したのは、「換気の悪い密閉空間」、「多くの人の密集する場所」、「近距離での密接した会話」を避ける行動を取ってほしいということでした。
さらに、一人一人の予防行動の大切さを訴え、自粛を要請する以下の具体的項目を挙げています。
緊急会見をするというニュース速報がインターネットで流れると、街のドラッグストアやスーパーマーケットに、食料品を求める人が押し寄せました。都の近県ではトイレットペーパーの不足は解消していますが、都内では在庫切れのところも少なくないです。
安倍晋三首相は、2月24日に示された専門家会議の見解「1、2週間が瀬戸際」を根拠に26日、2週間の大規模なイベントの自粛を要請し、全国の小中高校の「一斉休校」も指示しました。それから2週間が過ぎ、オーバーシュートも起きなかったことから、いったん都内の空気が緩んだ後、25日に東京都の感染者が41人と急増し、空気が一変しました。上記のような、“パニック”ともいえる状況を呈しています。
こうした状況に私たちはどう対応したらいいのでしょうか。
参考になるのは、新型インフルエンザの大流行の際にとられた対策です。2002年から2003年にかけてアウトブレークしたSARS(重症急性呼吸器症候群)発生時に八王子保健所長、2009年の新型インフルエンザ発生時には東京都福祉保健局技監(医系トップ)として、東京の「医療崩壊」を防ぐべく尽力した桜山さんに26日午前、緊急インタビューをしました。
――小池知事が25日午後8時から緊急会見をして、現状を「感染爆発の重大局面」として、「事実上の緊急事態宣言」に近い細かな自粛要請を出しました。知事から都民へのメッセージをどう読み解きますか。
オーバーシュート(感染爆発)を防ぐ、急速な感染拡大を防ぐ、という意味だと思います。そのために、どのような予防対策を取るべきかを具体的に示されました。
まず、今回の新型コロナウイルス感染症の特性を見てみましょう。
ここから浮かぶのは、「水際で止める」「完全に封じ込める」ことがかなり難しい疾患であるということです。ただ、その一方で、重症者であっても、医療崩壊が起こらなければかなりの程度、救命されているのも事実です。とすれば、対策の基本は明らかで、医療崩壊を起こさないことに尽きます。
SARSは、新型コロナウイルス感染症に比べて感染力は弱く、重症者が多い疾患でした。これは、ある意味、封じ込めがしやすい疾患だったと思います。残念ながら、新型コロナウイルスは、すでに世界中に広がっています。
ウイルスの特性の一つに、無症状でも感染するということが挙げられます。一般論ですが、最低限3割、だいたい6~7割の人が感染すれば、「集団免疫」が得られ、その後は普通の感染症になっていくでしょう。裏を返せば、それまでは感染者が発生し続けるということです。これからは持続可能な予防行動を取らなければいけません。
2月24日、政府の専門家会議は会見で、「1~2週間が山場」としました。感染爆発が起これば、そこが山場になります。つまり、イタリアはいま山場を迎えていると言えます。一方、日本について言えば、感染爆発が起こらなければ、小池知事が言っていた「重大局面」がずっと続いていくことになります。
自粛要請でとりあえず感染爆発を抑えられても、外国から日本に入国してくる人たちはいます。永続的に外国への渡航を止めることはできません。要するに、日本は感染を抑えているがために、なかなか終息に至らないともいえます。とはいえ、感染爆発を抑えなければ、医療崩壊を招いてしまいます。とても難しい局面なのです。
――医療崩壊を防ぐために、いま必要なことは何ですか。
最も重要なのは、重症者の入院確保です。新型コロナウイルス感染症は、指定感染症のため、症状が治まってもPCR検査で2回陰性にならないと退院させられません。このフェーズを転換し、入院する感染者は重症者中心にし、無症状や症状が改善した人には自宅待機を求め、保健所が訪問や電話でチェックしていくような態勢への切り替えが必要でしょう。
もう一つは、患者数を増やさずに社会機能を維持することを考えれば、25日夜に小池知事が緊急会見で求めたような、平日の在宅勤務や夜間の外出自粛をいつまでも続けることにも無理があります。結局、小池知事が緊急会見の冒頭で言っていたように、個人衛生の積み重ねで感染を防ぐ、つまり一人一人の努力の積み重ねが大切になります。100%確実な方法はないのです。
新型コロナウイルスは接触感染が多いと推定されるので、手洗いの励行は重要です。流水とせっけんで30秒ほどかけて手洗いをすることをおすすめします。マスクはエビデンスがないとされていますが、みんながマスクを付けていれば、無症状の感染者からの感染リスクを何割か下げることができるでしょう。新規感染者数のグラフの曲線を緩やかにするには、個人衛生を積み重ねるしかないのです。
――マスクは東京のドラッグストアやスーパーになかなか入荷せず、使い回しをしている人も多くいるのが実情です。
マスクはリスクの違いによって使い分けが必要です。医療従事者が標準予防でするマスクと、感染症病棟の医療従事者が感染予防に付けるマスクの性能が異なるのは、リスクの違いによるものです。一般の人が医療従事者と同じマスクを付ける必要はありません。リスクの程度に応じた感染対策が重要です。医療現場にマスクが行き渡らないという状況は改善しなくてはいけません。
一般の人たちは、新型コロナウイルスに感染して重症化する心配をしますが、医療崩壊さえ起きなければ、たとえ重症化したとしても適切な治療を受けられます。一般の人たちはそう考えて行動することが大切だと思います。
――医療の進歩や医療政策の変更で、在宅医療や在宅介護のほか、通院で化学療法をするがん患者、日常的に免疫抑制剤を服用している人が増えるなど、SARSや新型インフルエンザが起きたときと、社会の構造が変化しています。
そういう意味では、SARSのときよりリスクは高まっているとも言えるでしょう。免疫力が落ちている人を守るため、健康な人は自分が感染しないため、そして無症状で他人にうつさないためにも、国民一人一人の予防行動が必要です。日本でも市中感染が起こっていると思いますが、現段階ではイタリアほど市中感染のリスクが高い状況ではないと考えます。
職場に通勤しても、オフィスワークで人の出入りが少なければ、感染リスクはさほど高くありません。しかし、仕事帰りに人が密集している飲食店に寄ってお酒を飲み、翌日、出社すれば、オフィスの感染リスクは高まります。小池知事が、少数での飲食の自粛を求めたのは、一人一人がそこまで考えて行動しなくてはいけませんという意味合いだと思います。ランチでも同じことです。
――新型コロナウイルスの対策もフェーズによって変わってきます。いま、そしてこれから必要なことは何でしょうか。
対策のフェーズをシフトしていく時期だと思います。たとえば、感染爆発が起きれば、一斉休校が続くと思います。一方で、いつまで休校し続けるのかという問題もあります。SARSは終息まで1年近くかかりました。しかし、世界中の専門家が研究しても、どうして終息したか、明確な答えは出ていません。
いま出ている悲観論には、感染爆発への悲観論と、みんなが予防行動を取ることで長い付き合いになるという悲観論があります。私は後者です。
イタリアは医療崩壊を起こすほどの感染拡大をしていますが、それによって集団免疫を獲得すれば、散発的な感染者は続きますが、急速に収まっていく可能性があります。もちろん、感染爆発による医療崩壊で多くの人を救えなかったということはありますが。
日本はいまこそ持続可能な予防行動にシフトしていくべきです。学校を再開すれば、感染者が広がるリスクは休校時より高くなります。しかし、すべての社会機能をいつまで止めておけばいいのでしょうか。重大局面は続きますが、予防行動を続けることで感染爆発へのリスクを下げれば、その間に有効な治療薬が見つかったり、2年ほど経てば有効なワクチンが開発されたりする可能性があります。
――新型インフルエンザ対策でも、社会機能の維持が綿密に検討されていました。これから「感染爆発の重大局面」が長く続く中で社会機能をどう維持していくのか。そのために、どのような対策が必要かを一人一人考えて行くことが大切だということですね。
新型コロナウイルス対策は、新型インフルエンザ対策と共通点が多いですが、2009年の流行の経験は今回、あまりいかされていない気がします。違いは治療薬がないことで恐怖心が高まっている点です。インフルエンザに対しては当時、タミフルやリレンザといった治療薬が新型インフルエンザでも有効とみられ、対策の検討段階から議論され、備蓄もありました。ただ、新型コロナウイルスについては、このような決定的な治療薬がなくても、医療崩壊をしなければ救命率は上がってくると思います。
――イベント開催の判断が難しくなってきています。
埼玉県がさいたまスーパーアリーナで開催された格闘技イベントへの自粛要請をしたものの、主催者は観客にマスクを配って開催をしました。その後、東京都からの自粛要請に対しては、無観客試合にして協力しています。演劇などの公演も、難しい判断が求められています。
油断した人も少なくないと思うので、25日に小池知事が具体的な自粛要請をした意味はあったと思います。この1カ月の間、イベントを実施した主催者もいますが、潜伏期間も考えると今後、どれぐらい感染者が見つかるのか、集団クラスターといえるほど感染者を出すかどうかが、注目されます。
現実的な対応としては、野外イベントで試しつつ、イベントの開催有無の判断をしていくしかないと思います。
――小池知事は、若い人へのメッセージも打ち出しました。欧米では、感染対策を無視するような若い人たちの行動に批判が強まっています。
自分自身が感染しない努力をするということは、結果的に他人にうつさないことにもつながります。個人衛生の積み重ねによって、公衆衛生を守ることです。個人に注目すると、その人にとっては感染していなければ致死率は0%です。しかし、若くても重症化して亡くなる人もいます。そうすると、その人にとっては致死率100%になります。患者個人にとって、致死率は0%か100%しかないのです。それを意識して感染しない努力をしていただきたいものです。
――2019~2020年の冬はインフルエンザの感染者が例年と比べて少なかったと話題になっています。
今シーズンのインフルエンザは2019年11月ごろに患者が増え始め、立ち上がりが早かったと言われていました。しかし、1月以降、新型コロナウイルス感染症に対する関心が高まり、市民が感染予防対策に非常に気を遣うようになってマスクの着用率が高まり、手洗いなどの予防行動が活発化したことが影響しているのではないでしょうか。暖冬の影響も、エビデンスとまでは言えませんが一つの傾向と言えると思います。
――女性が気をつける点はありますか。
妊娠をされている人は、免疫状態が変化します。免疫が弱まる場合もあります。妊娠をされている人が感染すると、薬も使いにくいので人ごみには出ないようにした方がいいと思います。既存の薬で有効性が証明されても、催奇形性がある薬だと使えないこともあります。
――今後、子どもが注意する点はあるでしょうか。
小児科の医師は広い意味で感染症になれています。インフルエンザやノロウイルスなどで受診したときに、クリニックに入る前にインターフォンや電話で、指示された別の入り口から入室して個室で待つということを経験した人も多いでしょう。受診の方法には注意が必要です。また、手洗いなどでは、大人が子どもを手助けする必要もあります。
――SARSのときも、発熱外来を仮設で作るなど様々な訓練が各地で行われました。新型インフルエンザ対策でも同じです。それはいま、いかされているのでしょうか。
新型インフルエンザのときは、日本の場合、まあまあうまくいったのではないでしょうか。メキシコほど致死率が上がらなかったからです。しかし、油断もあり、訓練がその後形式的なものになってしまっていたかもしれません。
――韓国は新型インフルエンザの後、2015年にMERS(中東呼吸症候群)の感染拡大がありましたが、日本では感染者が出ませんでした。これも影響しているかもしれません。PCR検査が少ないのもそのためでしょうか。
MERSの流行を日本は経験していませんね。メディアはよくPCR検査の検査数を国際比較されますが、PCR検査も完璧な検査法ではありません。特異度や敏感度も100%ではありません。集団の中で有病率が低いと陽性反応的中率が下がるということがあります。つまり偽陽性が増えるということです。
いまの制度では、無症状の偽陽性者でも入院させなければいけません。重症者を診るべき医療機関の病床がどんどん埋まります。軽症や無症状の人、症状の治まった人は自宅待機に切り替えていくべきでしょう。
――保健所の役割は大きいと思いますが、地域保健法によって、母子検診、乳児健診などの業務を市区町村に移管したため、医系職員の態勢が脆弱になったという意見もあります。別の言い方をすれば、感染対策のような危機管理で力を発揮する職員が不足しているというわけです。医療機関も、経営改善の観点から病床利用率を100%近くで維持しようとする時代になったことや、フリーの医師が増えていることも時代の変化として挙げられます。
地域の基幹病院では、近くに住む医師免許を持った人たちの登録制度や、医師会による非常勤医師の組織化も必要なのかもしれません。医療崩壊させないためには、感染爆発を防ぐこと、軽症者が病院に押し寄せないようにすることと同時に、現在働いている医療従事者を今後も継続的に確保していく態勢を整えることが重要です。和歌山県や大分県では院内での感染者が見つかって病院を閉鎖しましたが、こうした判断はリスクを考えて行うべきです。
――社会機能を維持する人たちが通常時に近い形で働き続ける環境も重要だと思います。新型インフルエンザ対策の検討でも、一般の人たちに比べて優先的に考えられていました。
私が東京都で新型インフルエンザ対策をしたとき、力を入れた施策の一つは、都内の市区町村に、学校と保育園、幼稚園を継続的に閉鎖しないようお願いしたことです。看護師や小児医療の現場は女性が多く、保育園が閉鎖されると出勤できなくなり、医療崩壊してしまうためです。当時の石原慎太郎知事にもご理解いただいて、市区町村を説得しました。
『公衆衛生看護学』という看護学生向けの教科書にも書きましたが、1918年のインフルエンザ・パンデミックである通称「スペイン風邪」が流行したとき、アメリカのセントルイスとフィラデルフィアでは感染者数があまり変わらなかったものの、感染拡大の初期に学校閉鎖や劇場の休業などの社会規制をして社会機能や医療体制の崩壊を防いだセントルイスの方が、遅れたフィラデルフィアより死亡者が少なかったという報告があります。政府や東京都が早めに動くのも「フィラデルフィアとセントルイスのトラウマ」があるからです。しかし、社会機能を守るための社会規制で医療崩壊を起こしてしまったらなんにもなりません。
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