現在の農政劣化を象徴する前例なき政策提案。どうしてこんなことに……
2020年03月29日
安倍首相は3月15日の記者会見で、コロナウイルス対策として「日本経済を再び確かな成長軌道へと戻し、皆さんの活気あふれる笑顔を取り戻すため、一気呵成(いっきかせい)に、これまでにない発想で、思い切った措置を講じてまいります」、24日の参院財政金融委員会でも「前例にとらわれず一気呵成に思い切った措置を講じて強大な経済政策を実施する」と述べている。その政策の内容は十分に伝わってこないが、いつものように、威勢の良い言葉である。
これに意を強くしたのだろう。自民党農林族議員から、“これまでにない発想で”、“前例にとらわれ” ない “思い切った措置” として、国産牛肉の商品券を交付することが提案された。
自民党は3月26日、農林・食糧戦略調査会、農林部会合同会議を開き、新型コロナウイルスに関する経済対策案を審議し、承認した。その中で、「インバウンド需要の減少などによる和牛需要の大幅な低下に対応するため、「お肉券」など小中学生・高齢者などの消費者による国産牛の購入を促進するための取組み(中略)を支援する」ことが提案されている(3月27日付け食品産業新聞社)。
これに対して、ネット上では多数の批判が出されているという。
発端は3月25日、JA農協の機関紙である日本農業新聞が、和牛消費のための商品券を自民党が検討していると報じたことだった。しかし、自民党農林族議員は、そのような批判は承知しているとしたうえで、26日にこの提案を決定している。
日本農業新聞の記事を読んだとき、「今の自民党農林族議員ならこんな提案をするだろうな」と受け止めたが、さすがに、特定の業界のために、しかも普通の消費者が日常的には購入しない和牛の需要喚起のための商品券を配ることは、国民一般の感情にそぐわなかったのだろう。
こうしたネット上の非難の他に、この “前例のない思い切った措置” については、いくつか問題点がある。
この小論では、これらの問題点を指摘するともに、なぜ以前だと考えられないような(その意味でも前例のない)提案が行われてしまうのか、検討することとしたい。
まず、一般に批判されているように、なぜ和牛だけなのかということである。
人が高級なレストランへ行かなくなって、和牛の消費が落ちて価格が低下したことが、国産牛肉の商品券を提案した理由とされている。
しかし、消費が減少しているのは、和牛だけではない。しかも、和牛は通常消費者が食べない奢侈(ぜいたく)品だから、高級外食が減少して消費も減ったのである。消費者からすれば、どうしても食べなくてはならない必需品ではない。
必需品に商品券を配るのであれば、貧しい消費者対策としてある程度理解できるが、そうではない。明らかに、和牛生産者だけのことを考えた救済措置である。
第二に、和牛生産者の生計がこれで成り立たないような事態になっているのだろうか、という点である。
『あなたの知らない農村~養豚農家は所得2千万円!』で指摘したように、3月に入るまで「国産和牛の価格は右肩上がりで推移し、現在では歴史的な高水準を付けて」きたのである。
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