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新型コロナのもう一つの問題。「在宅破綻」から始まる「医療崩壊」

横浜在宅看護協議会の栗原美穂子会長に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言を前に「医療崩壊」が起きてしまうのではないかと懸念されています。2000年代に入り、病院の病床数を減らし、入院期間を短くして、在宅で医療や看護を受ける人たちが増えました。その現場でいま、「スタッフに感染者や濃厚接触者が出たら、訪問看護ステーション全体が機能停止になりかねない」という不安の声が出ています。横浜在宅看護協議会の栗原美穂子会長に訪問看護の課題について聞きました。

訪問看護クライシスFenlioQ/Shutterstock.com

訪問看護ステーションが閉鎖したら誰が残った在宅患者を看るのか

 新型コロナウイルスをめぐり、「緊急事態宣言」や「感染者数」、「若者の行動」などに多くの人の目が向いていますが、問題はそれだけではありません。

 いま、医療機関や施設ではなく、「在宅」といわれる自宅で医療や介護を受ける人たちが少なくありません。医療依存度の高い人たちも、在宅への移行が推進され、「看取り」も自宅で迎えることを選択する人が増えてきています。医療依存度が高い人や介護される高齢者は、免疫力が落ちていたり、基礎疾患を抱えていたりしています。

 訪問看護や訪問介護はこれまで、人手不足の中で何とかやりくりしてサービスを提供してきました。訪問先の患者や家族に感染者が出ると、そこを訪問していた医師や看護師、介護ヘルパーらが「濃厚接触者」になるだけでなく、事業所(大抵は狭いスペースです)に出入りする他の医療従事者や介護従事者まで、自宅待機、PCR検査の対象になります。

 そうなったとき、利用者の在宅サービスを誰が肩代わりするのでしょうか。感染者が多く出ている地域では、在宅系のサービスの維持がかなり厳しい状態になってきていますが、万が一の場合の対応策の準備は進んでいるのでしょうか。在宅で対応する医療従事者や介護従事者がいなくなれば、患者の容体が急変したとき、救急車を呼ぶのか、在宅でそのまま見守るのか、という問題も生じます。

 いわゆる「在宅破綻」の可能性について、栗原会長はどう考えているのでしょうか?

訪問看護クライシスDmytro Zinkevych/Shutterstock.com

医療依存度が高い患者が家々に点在

――新型コロナウイルス対策はどのようにしているのでしょうか。

 困っています。訪問看護を利用されている人たちは、それなりのケアが必要な人たちです。訪問看護ステーションによって様々ですが、利用者から「訪問お断り」の連絡が来ているところもあるようです。家に人が来ること自体が、感染リスクを高めるという理由です。ヘルパー事業者も同様です。在宅勤務が増え、食事の支度など、ヘルパーにお願いしていたことを家族が担えるという面もあるとは思いますが……。

 訪問看護で断られるケースで多いのは「訪問リハビリ」です。経営的な打撃を受けている訪問看護ステーションも出てきています。私が経営する訪問看護ステーションは、比較的医療依存度が高い利用者が多いので断られることはいまのところありませんが、この人たちは抵抗力が高くない人たちなので、訪問する私たちが感染源にならないように細心の注意をしています。医療者側の行動を徹底することに神経を使っています。

スタッフは通勤時にマスクと使い捨て手袋を着用

――具体的にはどのような指示をスタッフに出しているのでしょうか。

 スタッフには、電車やバスでの通勤の場合は、マスクと使い捨て手袋をするように徹底しています。利用者ごとに約束している時間があるので、通勤時間をずらすことはできず、朝のラッシュ時に出勤せざるを得ない状況です。リモートワークもできません。どこかで誰かが感染してしまったら、いま抱えている在宅患者を誰も看護できなくなるので、できる限りのことはしているつもりです。

――どのような手法を使っているのでしょうか。

 こまめに手洗いとうがいをすることです。利用者の自宅を訪問するときは必ずせっけんを持参し、タオルも訪問先ごとに変えます。あとはマスク。処置やケアで使い捨て手袋を使うのはいつものことです。

 仕事以外のプライベートでも、買い物などで人ごみに行かないとか、マスクと手袋をして外出するといった指導をしています。

 通勤時のマスク、使い捨て手袋着用以外は、ノロウイルスなど通常の感染症対策と同じです。どこまでやるのかは、各訪問ステーションの判断によるので濃淡があると思います。マスクと手指消毒がないことに、在宅医療の現場は困っています。病院と比べて在庫が少ないのです。

訪問看護クライシスMaridav/Shutterstock.com

スタッフ全員が「濃厚接触者」になり閉鎖される可能性

――訪問する側が細心の注意を払うしか手段がないということですね。

 利用者の多くは高齢者や医療的ケアが必要な小児で、家の中でマスクをつけて生活するのは難しい方々です。

――スタッフが感染者と濃厚接触してしまった場合、訪問看護ステーションではどのように対処するのでしょうか。

 スタッフは事務所の中で時間を共にしているので、全員が「濃厚接触者」だと考える必要があると思います。事務所は病院のように広いスペースではないので仕方がありません。

 そうなると、訪問看護ステーション全体が機能しなくなるので、自宅から利用者宅まで直接行き帰りして、事務所に寄らない方法も検討しています。ただ、その場合、ケアマネジャーや在宅医などの人たちへの連絡など、多職種の連携を通じて病院と同じような質のサービスを提供してきた在宅看護をどう維持していくかが課題になってきます。

閉鎖されれば1ステーションで120人の在宅患者の行き先が一気に問題化

――具体的に教えてください。

 利用者ごとに異なる主治医・ケアマネジャーとの連絡、衛生材料などの必要物品の取得などは、事務所に来なければ難しい。主治医とカルテを見ながらやりとりすることも多いのですが、カルテを自宅に持って帰ることはできません。電子カルテはコスト的にも導入が難しい訪問看護ステーションが多く、紙のカルテが主流だと思います。

 私の訪問看護ステーションについて言えば、14人のスタッフが、約60人の主治医、35人ぐらいのケアマネと日常的にやりとりし、120人の在宅患者をケアしています。利用者の平均年齢は81歳。独居と日中独居を合わせると30人ぐらいです。4人に1人は医療依存度が高い医療保険の利用者です。がん末期や循環器疾患の人たちが多いです。

 私たちから訪問に行かないという判断はできません。医療依存度が高い利用者は、ヘルパーではお風呂に入れることができず、私たちが医療的な処置のほかに入浴の介助やお通じのお世話、リハビリなども行っています。週1~2日が多いですが、医療依存度の高い方やがん末期になると毎日訪問することも多々あります。

訪問看護クライシスインタビューに答える栗原美穂子さん=岩崎撮影

家族の検温もしてもらってから家の中に入る注意

――在宅は多職種で連携することがポイントです。病院と同じように患者のQOLを上げていこうということですね。日常的な活動を聞くと、オーバーシュート(感染爆発)や緊急事態宣言となると機能を維持することが難しくなりますね。

 たとえば、週に2回訪問する場合、別の看護師が訪問し、情報共有してケアに入っています。自分一人だけで判断するのではなく、色々な知識を出し合ってベストな方法を探して動きます。こういうことが難しくなっていきます。

――訪問医とはどのように対処するか協議はしているのですか。

 協議はしていませんが、新型コロナウイルス対策として、私たちは訪問時に利用者だけでなく、家族も発熱などをしていないか確認してからケアに入ります。37度以上の発熱があるかが判断基準です。熱がある家族がいたら、別室にいてもらいます。家の中に入っても家族が触るような部分は、すべてアルコール綿で拭いていきます。ベッドの手すりや柵も拭きます。

患者を肩代わりしてもらうには医師の指示書が必要

――横浜在宅看護協議会や医師会などで検討はされていないのでしょうか。

 訪問看護は医師の指示書がないと動けません。私たちの利用者を別の訪問看護ステーションにお願いするとき、別の訪問看護ステーションも医師の指示書がなければ動けません。つまり利用者を別なところでお願いする場合、バラバラな主治医ごとに新たな指示書を作ってもらう手続きが必要になります。申し送りだけで、2、3週間お願いできればいいですが、受ける側の訪問看護ステーションも余裕がないでしょうから、厳しい状況が想像されます。こうなると自治体の救急隊にもしわ寄せがいくと思います。

――マスクはどうしていますか。

 ウレタンの洗えるマスクを全スタッフに貸与し、使い捨てマスクがなくなったら、これを洗って使うように指示しています。ただ、聞いてみると、プライベートで使うマスクは使い捨てマスクであっても、洗って使うようになっています。

――医療機関ですが優先はされないのでしょうか。

 病院が優先されていると思います。横浜市の場合は、訪問看護と介護事業所に100枚ずつ配布されました。最悪の場合はハンカチや手ぬぐいでマスクを作るしかないと話しています。

すでに1週間の休診をするところも出ている

――シミュレーションはされているのでしょうか。

 横浜市の場合、各区に訪問看護ステーション連絡会というものがあります。パソコンでのメールやLINEのグループでつながっています。情報の共有はLINEかメーリングリストで行っており、助け合ってやっていこうという輪はあります。ネックは指示書の問題です。これがなければ、すぐ別の訪問看護ステーションが行くのは難しい状況です。

――在宅医が2週間外出できなくなることもあります。

 主治医が動けなくなったらどうバトンタッチするのか、訪問看護ステーションと同じ問題を抱えていると思います。1人だけで在宅医療をやっている医師がたくさんいます。また、その診療所のスタッフも「濃厚接触者」でつながっていきます。

 最近、往診してもらっている在宅医の診療所のスタッフに熱と呼吸器症状があり、PCR検査をして陰性だったものの、1週間休みになったらしいのです。もちろん、訪問看護も往診も休診になったという知らせが来ました。

――地区医師会などがグリップしないと難しいと思います。

 どこまで医師会が想定して動いているか分かりませんが、日常的なことでいえば、在宅医のみなさんは個人的なネットワークで動いているところが多いようです。

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