倫理観を失ったエリートたち。コーポレート・ガバナンスの最大の危機
2020年04月07日
「ブラックジョークのような会議だ」と聴衆の一人は筆者に漏らした。昨秋、関西電力の現役の監査役が登壇した日本監査役協会の全国会議のことだ。
それから半年がたち、関電は金品受領問題の最終報告書を公表。関電の首脳や幹部社員たちの倫理観や正義感を欠いた行動が明らかになった(『偽札、ロレックス、上乗せ報酬……漫画のような「関西電力報告書」』参照)
監査役の全国会議はまさしくブラックジョークとなったのだ。
いま、あらためて思う。関電の監査役はどんな思いでステージに上がったのだろうか。
2019月10月3日午後、大阪城公園近くの大型ホテルであった日本監査役協会の全国会議で、パネルディスカッションが開かれようとしていた。テーマは「企業不祥事防止に向けた監査役等の役割─高まる期待に応えるために─」だった。
4人のパネリストのうちの一人が関電監査役の八嶋康博氏だった。前日、社長と会長が記者会見をして事実関係を説明して陳謝し、新たな第三者委員会の設置を表明していた。八嶋氏は冒頭、自己紹介の場面でこう切り出した。
「関西電力の八嶋でございます。よろしくお願いいたします。まあ、思い切ってやって参りましたので、お手柔らかにお願いいたします」
1200人の聴取がどっとわいた。直後、割れんばかりの拍手も起きた。
続けて八嶋氏はこう力説した
「本件は、第三者委員会で全容が明らかになります。現段階であれこれと述べることは差し控えたい。執行サイドの対応について、社外監査役と社外取締役と連携し、しっかりと監視・検証していく」
会場の割れんばかりの拍手は何だったのか。逃げ隠れしない八嶋氏の度胸の良さを評価したのだろうか。
参加者の多くは、事件についても何かしら言及するものと期待したのではなかろうか。だが、八嶋は冒頭のコメントで釘を刺して、この問題についてこれ以上、触れることはなかった。
冷めた目で見る聴衆もいた。「しらけるね」「よく出てきたね」といった声を聞いた。ただ、このとき、多くの参加者は「八嶋氏は直接、金品の受領のことを知らなかったのだろう」(監査役協会幹部)という思いだった。
八嶋氏は、関電の強力なコーポレート・ガバナンス(企業統治)やコンプライアンス(法令や規範の順守)体制について説明し、会場の人たちはおとなしく聞いていた。
しかし、3月14日の調査報告書でその希望は明確に打ち砕かれることになった。
調査報告書によると、関電の監査役が知ったのは、2018年10月1日。コンプライアンス担当の月山將常務執行役員が、元副社長の八嶋監査役に伝えたときだった。
ただ、金沢国税局が関電の調査に着手した2018年2月から、すでに半年もたっていた。関電が1回目の調査報告書をまとめたのが同年9月11日で、それからも3週間が経過していた。
八嶋氏は後日、岩根茂樹社長(当時)に「報告が遅い」と苦言を呈したという。しかし、その毅然とした態度は長く続かなかった。
八嶋氏は改めて他の2人の社内出身監査役とともに事情を聞いた。そのうえで4人の社外監査役のもとを訪ね、金品受領問題について説明したという。
監査役たちはこの問題のリポートを作成。経営陣の対応について「おおむね妥当」としたうえで、再発防止策を求めた。今年3月14日に公表された調査報告書によると、「監査役が独自に取締役会に報告する義務まではない事案であるという認識が形成され、実際に本件問題が報告されることはなかった」と結論づけている。
なぜ、コンプライアンスに敏感でなければいけない監査役が沈黙したのか。
会社法では、監査役は違法行為やそのおそれがあるときは取締役会に報告し、調査や是正を促す義務を定めている。監査役は、コンプライアンスも含め、違法行為がないよう倫理観を持って経営してもらうよう内部からチェックするのが仕事で、取締役同様、役員という高い地位にある。
ところが、監査役たちはこの責務をまるで放棄し、監視対象の取締役会に判断を丸投げした。
2018年10月23日、監査役は月山執行役員に対し、取締役会に報告する必要があるかどうか法的整理をするよう求めたことが報告書に明記されている。監査役は、この問題の処理にあたって、その核心部分を明確に意識していたとみられる。だからこそ、法的整理を依頼したのだろう。
月山執行役員らは動いた。さっそく関電のコンプライアンス委員会の社外委員を務める千森秀郎弁護士に相談に行った。2018年の調査報告書をとりまとめた人物でもある。千森弁護士は取締役会に報告することが望ましいが、個別にすべての取締役に話すことでも足りる、との見解も示したという。
ただ、千森弁護士は調査委員会に対して、こう反論している。
「各取締役に個別に報告することでも足りるとの積極的な法的意見を述べたととらえられたのであれば、真意とは異なる。正面から問われれば、問題はあると回答しているはずだ」
あいまいな会合だったのだろうか。両者の言い分は根幹ですれちがった。
監査役たちは2018年11月7日にも月山氏との会合を持った。調査報告書によると、このとき、月山氏側は、監査役会が取締役会に報告する必要はないとの考えを持っているという印象を受けたという。これに対して監査役会は「法的な義務がないということを述べた事実はないし、本来の意図と異なる」と反論している。ここでもあいまいなやりとりに終始したのだろうか。
監査役に絡んでマスコミが注目したのは、当時、社外監査役に土肥孝治・元検事総長がいたことだ。
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