どのような国が輸出制限するのか?
国際価格が高騰すると、輸出を制限する国が現れる。今回の3国際機関の共同声明のように、輸出制限に対しては、国際的な批判がある。途上国の貧しい人たちが食料を買えなくなっている価格高騰時に、さらに食料の輸出を制限して、供給量を減らせば、価格はさらに高騰すると考えられるからだ。
では、どのような国が輸出制限をするのだろうか?
裕福な日本人には実感できないかもしれないが、途上国にとって、食料を買う経済力があるかどうかということは、決定的に重要だ。2008年にインドは輸出を禁止した。このときインドが不作になったわけではない。アメリカのエタノール政策によって穀物の国際価格が高騰しただけである。
しかし、自由な貿易に任せると、穀物は価格が低いインド国内から高い価格の国際市場に輸出される。そうなれば、国内の供給が減って、国内の価格も国際価格と同じ水準まで上昇してしまう。これを経済学では価格裁定行為と言う。
収入のほとんどを食費に支出している貧しい人は、食料価格が2倍、3倍になると、食料を買えなくなり、飢餓が発生する。インドはこれを防ごうとしたのだ。ベトナムもインドに追随した。ただし、米の輸出国でも、タイは所得水準が高いので、同調しなかった。
たしかに、このようなインドやベトナムの行為は、国際価格をある程度押し上げ、フィリピンなどの輸入国の貧しい人に影響を与えたかもしれない。しかし、国際社会として、国内で飢餓が発生するかもしれないインドなどに、輸出しろとは言えない。しかも国際価格の高騰にインドは何らの責任もない。
1993年ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉の最終局面で、日本は輸出制限を禁止すべきだという提案を行った。日本のような食料輸入国にとって、このような措置は好ましくないという立場からだった。
私はガット本部のあるスイス・ジュネーブでこの提案を実現すべく交渉した一人だった。しかし、この提案はインドの大使などからずいぶん抵抗された。自国が困ったときに輸出制限をするのは当然ではないかと言うのだ。
日本提案は、輸出制限を行おうとする国はWTO農業委員会に通報して、輸入国と協議するという規定(WTO農業協定第12条)となって実現したが、インドの反対によって純食料輸入途上国には適用しないこととされた。
食料輸出大国アメリカが輸出制限をするか?
では、穀物の大輸出国であるアメリカやオーストラリアが、輸出制限をするだろうか。
これらの国が輸出制限をすれば大変なことになる。しかし、そんなことは起きない。アメリカやオーストラリアが食料を輸出するのは、生産量が多いので、貿易をしなかった場合の国内価格が、国際価格よりも低いからだ。
つまり、生産量が多少減少して国内価格が上昇したとしても、それが国際価格より低い限り輸出を続ける。それが、輸出産業である農業のメリットになるからだ。このとき前述の価格裁定行為によって、国内価格と国際価格は一致する。
これら主要輸出国では、生産量の相当部分が輸出に向けられている。小麦の場合、輸出が生産に占める割合は、アメリカ5割、オーストラリア8割、カナダ7割となっている。先進国でもあるこれらの主要輸出国では、生産が国内消費を大きく上回っており、国内での食料供給には困らない。生産が相当減少しても、まだかなりの輸出余力はある。
価格が上がっても、先進国なので豊かな消費者は食料を買うことができる。価格上昇時は、主要輸出国の生産者にとって稼ぎ時であり、このときに輸出を制限するような愚かなことはしない。輸出制限をすれば、輸出に向けられた膨大な量が国内市場にあふれ、国内価格は大暴落し、農家経営は破綻する。経済的にも、輸出制限は割に合わない。