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パンデミック対策の「成功体験」がもたらす民主主義の危機

デジタル技術による安易な監視・統制の強化に、私たちは注意を続ける必要がある

小林啓倫 経営コンサルタント

 残念ながら、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、いまだ衰える兆しを見せていない。世界全体での感染者数は、この記事の執筆時点で200万人に迫る勢いだ。一日も早く、そして一人でも犠牲者が少ない形で、事態が収束することを願いたい。

 そんな中、この疫病が初めて発生した中国では、感染者数の増加に歯止めがかかりつつある。中国政府が発表するデータにどこまで信頼性があるのかという批判もあるが、それを見る限りは3月に入ってから感染者数が横ばいに転じている。COVID-19発生源とされる武漢のロックダウン(都市封鎖)も4月8日に解除され、まだ行動自粛の要請は続いているものの、一定の行動の自由が認められるようになった。

 中国がCOVID-19の抑制に「成功」しつつある要因のひとつが、デジタル技術を使った住民の行動監視だ。新型コロナウイルスは非常に感染力の強いウイルスで、その流行を抑えるためには、とにかく人間同士が接触するのを減らさなければならない。とはいえ数億人の人々の行動を抑え込むというのは、強大な権力を持っていた古代中国の皇帝でも無理な話だった。しかし最新のデジタル技術によって、住民たち一人ひとりが何をしているのか、詳しく把握することが可能になったのである。

拡大Shutterstock.com

COVID-19対策に使われた先端技術

 それでは具体的に、どのような形でテクノロジーが監視に使われたのだろうか。

 もっとも分かりやすいのは、監視カメラの活用だろう。既にさまざまなメディアで報じられているが、中国では公共の場所に大量の監視カメラが設置され、しかもその多くがネットワークに接続されている。そのデータをネットワークの向こう側にあるAI(人工知能)が解析して、映像に映っているのが誰なのかを瞬時に把握するのだ。AIが映像をチェックしてくれるので、人間と違って休憩や交代は必要なく、24時間休みもミスもなく監視を続けられる。またそれを活用して、特定の人物の移動を追跡することも可能になっている。

 中国政府は今回のパンデミックに際して、この監視カメラネットワークを活用した可能性があることが報じられている。たとえば感染者の行動履歴を把握したり、あるいはまだ感染の疑いの段階にある人に、14日間の自宅待機を徹底させる(これ自体は多くの国々で実施されている対策だ)ために、その人物の住む家をカメラで監視するといった具体だ。

 さらにこうした監視技術を、赤外線によるサーモグラフィやロボットといった技術と組み合わせることも行われている。たとえば中国の高新興科技集団(Gosuncn Technology Group)が開発した監視用ロボットは、5G回線を使ってコントロールされ、自動運転もしくは遠隔操作が可能だ。

 そしてサーモグラフィによる体温測定機能や、さらには画像解析技術による「マスク着用チェック」機能が搭載されている。そして歩行者の体温が設定値を上回っていたり、マスクを着用していないことが確認されたりした場合、このロボットは直ちにそのデータを関係当局に送信するようになっている。これならば監視カメラをあらかじめ設置しておく必要もない。

 しかしテクノロジーの進歩は、わざわざこうした機器類を用意する必要すら無くしている。私たちが持ち歩くスマートフォンが、高度な監視と管理のツールとなるのだ。

 スマートフォンは通信を行うために、基地局と電波のやり取りをしている。そのデータを分析することで、たとえGPSが使われていなくても、スマートフォンの位置情報を把握することができる。またスマートフォンが発する短距離通信用の電波は、周囲にどのような電子機器(他人の持つスマートフォンなど)があるかを把握する。こうした各種データを分析することで、そのスマートフォンの持ち主がCOVID-19のクラスターが発生した場所に立ち入った経歴はないか、あるいは新型コロナウイルスに感染していると判明した人と過去に接触していないかを判断するアプリが登場している。

 たとえば中国のIT大手アリババなど、複数のIT企業が中国政府の要請を受けて開発した「健康コード(Health Code)」というアプリは、ユーザーが個人情報を入力すると、その人が新型コロナウイルスに感染しているリスクが緑・黄・赤の3段階で表示される。またこの緑・黄・赤でQRコードを表示する機能が付いており、これを読み取らせないと、通行や入館、利用を許可しないという施設や交通機関等が現れている。アプリの使用は強制ではないとされているが、それに基づいて利用の可否を判断する施設が増えれば、住民たちは否が応でも使わざるを得なくなる。



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筆者

小林啓倫

小林啓倫(こばやし・あきひと) 経営コンサルタント

1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える!金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『今こそ読みたいマクルーハン』(マイナビ出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(アレックス・ペントランド著、草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(トーマス・H・ダベンポート著、日経BP)など多数。また国内外にて、最先端技術の動向およびビジネス活用に関するセミナーを手がけている。

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