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コロナ危機で穀物価格は原油に連動して暴落する

食料危機を煽る人の不都合な真実

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

アメリカなど主要国は輸出制限しない

 この前の記事『新型コロナウイルスで食料危機は起きるのか?』をまとめたうえで、さらに敷衍しよう。

 食料の中で最も重要な農産物は、エネルギーの供給減となる穀物と大豆である。

 新型コロナウイルスの影響で移民または外国人労働者が少なくなり、農業生産に影響が起きると言われるが、これは労働集約的な野菜や果実の生産であり、機械化が進んでいる穀物生産は影響を受けない。日本でも外国人研修生に依存してきた野菜や果実の農家からは不安の声が上がっているが、米や小麦などの農家は平然としている。

 穀物と大豆のうち、小麦、大豆、トウモロコシなどの輸出国はアメリカ、カナダ、オーストラリアなどの先進国が主体だ。小麦について見ると、この三か国では輸出量が生産量の6~7割もの大きな割合を占めている。

拡大Andy Konieczny/Shutterstock.com

 これらの国が輸出を制限すると、国内に穀物があふれ、価格が暴落し、深刻な農業不況が生じる。米中貿易戦争で中国に大豆が輸出できなくなったアメリカでは、サイロが満杯となって農場に大量の大豆が野積みされた。これと同じ状態が起きる。特に、大豆の禁輸と対ソ穀物禁輸という1970年代の輸出制限で大きな痛手を被ったアメリカは、二度と輸出制限を行わない。

 ロシアの小麦の輸出制限を問題視する人もいるが、ロシアは4~6期の輸出を前年同期の720万トンから700万トンに制限するとしているだけである。小麦について日本は、この数十年間、アメリカから6割、カナダ、オーストラリアからそれぞれ2割を輸入しており、品質に劣るロシア小麦を輸入することはない。ロシア小麦は、ヨーロッパでは家畜のエサとして利用されている。

 穀物でもコメは例外だ。輸出国はインド、ベトナムなどの途上国であり、貧しい国民への供給を優先するため、輸出制限が行われやすい。輸出量が生産量に占める割合は、インド7%、タイ35%、ベトナム14%(2017年)であり、小麦や大豆に比べて輸出に回される量は少ない。

 また、コメの国際市場は、小麦の貿易量の4分の1しかない薄い市場 “a thin market” である。わずかの豊凶の差によって、貿易量は大幅に増減する。主要な輸出国が途上国で輸出が不安定であることが、コメについて輸出制限が行われやすい理由である。

 ただし、同じくコメの輸出国でもタイは所得が高いので輸出を制限しない。コメについては、日本は減反をしているくらいで、輸入がなくても国内供給に問題はない。

 インド等の輸出制限で2008年にはフィリピンが影響を受けた。ただし、日本のイニシアチブによってASEAN諸国と日中韓三か国による米備蓄制度(APTERR)が2012年から実施され、これまでも危機時にはフィリピンなどにコメを支援している。2008年のようなことは起きないだろう。

 FAOやWFPは、危機が起きると警告を発するだけではなく、世界の食料安全保障を解決するために、日本が行った具体的な取り組みに学ぶべきだ。

 敵が攻めてくると警告を出すのはよいが、武器を用意してくれていないのに、どうやって防げばよいのだろうか? 食料危機が起きないようにするためには所得水準の向上と物流インフラの整備が必要だが、これまでどれだけのことが行われてきたのだろうか?

 WTOも輸出制限が問題だと言うが、これまでWTOは何をしてきたのだろうか? 貧しい国民が食料を買えるようにするため輸出を制限しようとする、インドやベトナムに対して、国内で餓死者が出ても輸出すべきだと主張できるのだろうか?

 なお、日本の食料支出のうち農水産物の割合は輸入も含めて13%にすぎない。穀物価格が3倍に高騰した2008年でも、食料品の消費者物価指数は2.6%上昇しただけだ。日本で2008年食料危機を感じた人はいないはずだ。

 日本のような先進国では、穀物価格が大幅に上昇したとしても、食料危機は起きない。

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

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