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SARSの轍を踏まなかった香港の新型コロナ3原則

社会や経済の復旧に向けてかじが切られ始めた香港は日本の先行指標となる

高島大浩 ジェトロ香港所長

 5月5日夕方、香港政府のキャリー・ラム行政長官は、ピンク色のジャケットと同系色の地厚のマスク姿で報道陣の前に姿を見せた。朝方の定例会見では、濃紺のスーツに水色のサージカルマスクの組み合わせだった。同じ日にもかかわらず行政長官が装いを変えた理由は、マスクにあった。

香港再生拡大香港政府が居住者全員に配布しているハイテクマスク「CuMask+™」

 行政長官が夕方に着用していた「CuMask+™」と呼ばれるマスクは、少量の銅などを含む6層の機能性素材から出来ており、洗浄しても60回使用可能な耐久性を兼ね備えた「ハイテク製品」だという。香港政府系の繊維衣料研究所が開発したものだ。2週間で香港居住者全員に無料で配布されるこのマスクは、インターネットによる申し込み開始後2日間で市民の4分の1に相当する200万人が受領登録をした。そのため市中の薬局で高額販売されていた既製品のマスクが値崩れを起こし、1箱50枚入りで4000円前後まで値上がりしたものが半値になった。マスク不足の解消の兆しが見えてきた。

 香港では、1月23日に新型コロナウイルスによる感染者が初めて報告された。5月13日時点で1051人の症例が報告されている。死者は4人で国際的な致死率の水準よりはるかに低く、すでに1008人が回復している。過去14日間の新規感染者数は計16人で、海外からの帰国者もしくはその濃厚接触者が大半となっている。こうしたことから、ようやく社会や経済の復旧に向けて舵(かじ)が切られ始めた。

 初感染者の報告から3カ月半。同じコロナウイルスの新型であるSARS(重症急性呼吸器症候群)がアウトブレークした経験のある香港では、どのような新型コロナウイルスとの闘いが行われてきたのであろうか。中国本土や欧米のような都市封鎖という手段に頼らずに感染を収束させようとする姿は、日本の先行指標となるだろう。

香港再生拡大

SARSを教訓とした社会の防疫意識

 香港政府や市民が感染症の流行に敏感かつ真剣に取り組む姿は、日本人がいつ起こるかわらない大地震に備えている姿や感覚に似ている。

 2020年1月22日、香港で初めて感染の疑い例が報じられた際、スイスで開かれていたダボス会議で登壇していた行政長官は、進行役の問いに対して「香港は2003年のSARSや鳥インフルエンザ、新型インフルエンザなど過去の経験より多くを学び、すでに対策を講じている」と述べた。長官は、社会福祉局長の立場としてSARSと対峙(たいじ)した経験を持つ。

 その意識は政府のみならず、社会や個人にも徹底されている。ある香港系小売大手の経営者は、「2003年以来、家族分のN95仕様マスクの備蓄を絶やしたことがない。店でもマスクをしていない顧客の来訪を断る通知を貼りだした」と明かす。市内でのマスクの装着率は、ほぼ100%と浸透している。

 オフィスビルやマンションには、手指消毒用のアルコールが常時設置されており、感染が報じられるや否や、至る所でエレベーターのボタンにクリアフィルムが貼られた。定期的なアルコール消毒をやりやすくするためだ。それでも、市民は直接指でボタンに触れたがらず、使い捨てのビニール手袋を使用したり、ペン先や鍵でボタンを押したりしている。

 レストランに入店する際は、香港政府に義務付けられた規制に加え、過去14日以内に海外を訪問していない、また海外からの帰国者と接触していない旨の誓約書への署名と携帯番号を申告させる店舗も見受けられる徹底ぶりだ。せき払いをしたらタクシーを降ろされたという過剰な反応も耳にするが、この徹底した防疫意識こそ感染対策の礎になっている。

 ここまで感染対策が浸透する香港社会のDNAに刻み込まれたSARSの大流行とは何だったのか。

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筆者

高島大浩

高島大浩(たかしま ・ともひろ) ジェトロ香港所長

1990年、ジェトロ入構。ナイジェリア、英国、タイに駐在。対日投資部長などを経て、2019年7月から現職。

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