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「一律10万円」が呼び覚ますベーシックインカム待望論の危険

ポスト・コロナはポピュリズムか健全な共同体主義か

森信茂樹 東京財団政策研究所研究主幹

1.社会思想の変化

 長期化予想からわれわれの生活様式が大きく変化せざるを得ない新型コロナウイルス問題だが、ポスト・コロナの世界では、経済社会思想にも大きな変化が予想される。

 米国では、これまで小さな政府を信条としてきた共和党が、コロナ問題への対応を機会に変質しつつある。トランプ大統領の提案した2兆ドルの国債発行を伴う経済救済パッケージを、共和党が駆け引きなく承認したことがその一例である。

 背景には、国民全員の生活を直撃したコロナ禍を前にして、財政赤字を抑え小さな政府を標榜してきた伝統的な共和党も、選挙を控えてトランプ・ポピュリズム、大きな政府を支持せざるを得なかったという事情がある。この動きは共和党の性格自体を変える可能性がある。

 英国ではボリス・ジョンソン首相の退院後のスピーチで、「社会というものはあった」と発言したと伝えられている。サッチャーをはじめこれまでの英国保守党の伝統的な考え方は、「社会などはない、あるのは個人だけだ」という認識だっただけに、この変化は大きな影響を与える。

 わが国でも、国民全員への10万円の給付金やその延長、家賃補助、困窮大学生支援、雇用調整金の拡充など給付の広がりは先が見えず、政府の規模はどんどん大きくなっていく。

Mameraman/Shutterstock.com

 筆者は、これまで1990年代、とりわけ小泉内閣で声高に叫ばれた新自由主義・小さな政府への反省・修正が進むことは正しい方向と考える一方で、ベーシックインカムの導入などポピュリズムに流されていくことは危険だと考える。健全な共同体重視の、所得再分配の進んだ格差の少ない国家を目指すという方向に議論を持っていくべきだと考えている。

 それは以下の理由による。国家はどこまで国民の生活を保障し責任を負うべきかという議論は、最終的には財源(税金)の問題に行きつく。負担と受益の議論を度外視して、国民に耳障りの良い政策だけ採用していけば、国家財政は危機に向かう。今回の補正で追加で発行される国債は26兆円で、わが国の消費税収1年分に匹敵する金額である。

 何かのきっかけで金利の上昇が起きれば、医療も介護も崩壊し、国民の生命はコロナ禍以上に脅かされる可能性が出てくる。

2.議論のきっかけは特別定額給付の位置づけ

 慎重に議論すべきは、国民全員に10万円を給付する特別定額給付金の今後のあり方だ。

 政府はこの給付金の趣旨を、緊急事態宣言の下で「人々が連帯して一致団結し国難を克服するための家計への支援策」と説明している。経済対策ではなく連帯への支援という位置づけだが、政治の世界ではさらなる継続議論も出始めている。また後述するベーシックインカムにつなげていくべきだという議論さえ聞こえてくる。

 一方、G7諸国の対策を見ると、所得制限を設けず国民全員に一律給付するという政策は見当たらない。英米も国民への給付は行っているが、対象は低所得者に絞っている。

 わが国は、番号を活用したセーフティーネットのデジタル化が大きく遅れていて、給付に所得制限を付すことができないことが理由とされているが、わが国特有の全員平等主義に政治が安易にのっかかっているだけとも思われる。

 今後も所得制限のない給付を継続していくことについては、立ち止まって冷静に考えるべきではなかろうか。

3.ベーシックインカムの議論

 前述のように、定額給付金をベーシックインカムにつなげていくべきだという議論が出始めている。これまで新自由主義を掲げて現実に政治を動かしてきたタレントや学者が、今こそベーシックインカムと節操なく吹聴し始めている。欧米でも、コロナ禍を契機に、ベーシックインカムの議論が始まっている。

 この制度は、無条件で(働いているかどうか、資産を持っているかどうかにかかわらず)国民全員に、最低限の生活ができるような水準の(例えば毎月10万円程度)現金を給するもので、勤労モラルへの影響と財源という議論すべき2つの大きな課題がある。

 フィンランドは2017年から2018年にかけて社会実験を行った。25歳から58歳までの合計2000人の失業者が、無条件で毎月560ユーロの支払いを受けた結果が公表されている。報告書では、「雇用効果は小さい。より良い経済的安全保障と精神的健康は確認された」とサマライズされているが、実験には財源問題は考慮されていない。ユーチューブで報告書の概要を知ることができる。

 単純に考えて、最低限の生活が保障されれば、コロナウイルスに感染されるリスクの高い運搬やごみ処理の仕事は誰がするのだろうか、という疑問がわいてくる。

MAHATHIR MOHD YASIN/Shutterstock.com

4.ベーシックインカムの財源問題

 実際に財源問題を考えてみよう。仮に一人当たり月10万円(年間120万円)を配るとなると、わが国では140兆円もの財源(現在税収は60兆円)が必要になる。年金・介護・生活保護など社会保障費の一部を廃止して財源に充てるとベーシックインカム主張者はいうが、もちろんそれだけでは数十兆規模の財源が不足する。

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