小此木潔(おこのぎ・きよし) ジャーナリスト、元上智大学教授
群馬県生まれ。1975年朝日新聞入社。経済部員、ニューヨーク支局員などを経て、論説委員、編集委員を務めた。2014~22年3月、上智大学教授(政策ジャーナリズム論)。著書に『財政構造改革』『消費税をどうするか』(いずれも岩波新書)、『デフレ論争のABC』(岩波ブックレット)など。監訳書に『危機と決断―バーナンキ回顧録』(角川書店)。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
安心できる経済再開の道を考える
このままでは米国も世界経済も、世界大恐慌に匹敵する大不況に陥る危険がある。都市封鎖を避けつつ安心を確保し命と経済の複合的危機を克服するには、国民全てを対象に検査すべきだ――という大胆な提言をニューヨーク大学のポール・ローマー教授が公表している。
無症状の人も含めて検査を徹底し、感染していない人々で経済を回そうという内容で、ハーバード大学からも同様の提言が出ている。膨大な検査数は国民の理解と政治的決断が要るだけに実現可能性に疑問符もつく。一見、奇抜とも見える提言だが、経済の専門家から出てきたこの政策提言は、経済活動再開にあたっての安心確保や世界的な流行の第二波に備える政策を考える上で示唆に富む。日本では全国の緊急事態宣言が解除されたが、今後に向けてこうした提言も参考にしてみてはどうだろうか。
ローマー教授は世界銀行のチーフ・エコノミストもつとめた米経済学会の大物で、イノベーション(技術革新)が経済成長に決定的な役割を果たすという理論研究で2018年にノーベル経済学賞を受賞した。
教授が4月23日に自らのサイトで公表した「責任あるアメリカ再開へのロードマップ」と題した論文には深刻な危機感と克服への意欲がにじむ。
この論文で教授は包括的な「検査と隔離」戦略が健康危機と経済危機という「双子の危機」克服に必要だと述べている。感染への恐怖を封じ込めなければ、安心して経済を回すことができない、と不十分な検査体制のままで経済活動を再開することの危うさを警告している。
米国での検査費用はいまのところ1件当たり約100ドルだが、大量検査となればコストダウンや技術革新が一気に進む、と述べているところに教授らしさがにじむ。
だが、なんといっても度肝を抜かれそうなのは、1日2000万件という検査数だ。教授は米国の検査が1日当たり約15万件だが潜在的能力は十分にあると論文には書いている。しかし、現状の130倍にしようというのだから、驚く人は多いだろう。ローマー教授は全国民が2週間に1回ずつ検査することを前提にこのような大掛かりな検査を提言していて、実現可能性は大いに議論のあるところだが、論理的には筋が通っている。
何といっても決め手は財源だろう。こうした大規模な検査体制は、市場経済に任せていては確立できないので、全米の研究所がこのような大規模な検査に向けて設備投資や人材確保・訓練などの準備をするためには米議会がこの1000億ドル予算を成立させ、研究所に収入を保証することが求められる、とローマ-教授は述べている。合理的な政策さえ採用して予算をつければ、決して理想論にとどまるものではなく、実現可能だというのである。
年間1000億ドルについては、新型コロナウイルス感染症のワクチンが普及するまでの金額であるとしている。ワクチン開発・普及後は規模を縮小するのか、変異したコロナウイルス検査やほかのウイルス検査を対象とするのか、など先々のことについては触れていない。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?