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どこまでもアベノミクス的なコロナ対策~官邸官僚が陥った「規模ありき」の罠

第2次補正予算は第1次をしのぐ大規模メニュー。首相は「世界最大の対策」と誇るが…

原真人 朝日新聞 編集委員

 政府の新型コロナウイルス対策の評判は、さんざんである。

 最近の安倍政権の支持率急落のきっかけは黒川弘務・前東京高検検事長の人事に対する批判の高まりだったが、底流にあったのは、コロナ不況のなかで政治によって適切な政策が施されないことに対する強い不満だ。

 安倍政権は不人気を挽回しようと第2次補正予算で、第1次をしのぐ大規模な歳出メニューを打ち出した。安倍晋三首相はそれを「空前絶後の規模」「世界最大の対策」だと誇る。

 だが、その「規模ありき」のアベノミクス的発想こそ、すべての過ちの始まりだ。

首相が誇る「空前絶後の規模」

 コロナ危機対策の追加策を実施するための第2次補正予算案が5月27日の閣議で決定された。政府の追加歳出額は約32兆円で、第1次の約26兆円を上回る。財政投融資や民間支出も含めた事業規模は第1次と同じ117兆円。

 この結果、本予算に1次、2次補正を加えた2020年度の予算総額は約160兆円に膨らむ。財源は、歳出の56%にあたる約90兆円を新規国債発行、つまり新たな借金でまかなう。歳出規模も空前なら、借金の規模も空前となる。

 安倍首相は5月25日、緊急事態宣言を全国で解除すると発表した記者会見で、「2次補正予算案は先般の補正予算と合わせ、事業規模は200兆円を超える。GDPの4割に上る空前絶後の規模、世界最大の対策によってこの100年に一度の危機から日本経済を守り抜く」と誇らしげに発表した。

緊急事態宣言の解除についての記者会見で質問に答える安倍晋三首相=2020年5月25日、首相官邸

 首相の説明はいつものことだが、かなり上げ底である。

 たとえば「GDPの4割」。1次補正と2次補正の事業規模がそれぞれ117兆円で合計234兆円。これが国内総生産(GDP)に対してどのくらいを占めるのかを説明している。

 この説明はあまり意味がない。事業規模には、融資枠や民間支出など、実際に使われるかどうかはっきりしない項目も含まれている。ダブルカウントや水増しも入り込む。それをGDPと比べるのは、スケールを過大に見せようという意図からだろう。

 GDPをどれだけ増やすかという実質的な上積み効果を知りたいなら、いわゆる「真水」と呼ばれる政府の歳出の追加額にこそ意味がある。それで見ると、1次が26兆円、2次が32兆円で合計で58兆円。もちろんここにも「枠」が入っているので、実際には全部使われない可能性もある。それでも、ようやく真水でも米国や欧州各国の対策と遜色ないレベルになった。

 とはいえ、ボリュームがありさえすれば、いいわけではない。レストランの客だって量の多さだけで満足などしない。料理を出す早さ、タイミング、味、見栄え、ホスピタリティーなどから総合的に評価する。コロナ対策も同じだ。規模さえ大きくなればいいわけではない。

 安倍政権はおそらく、この点を理解できていなかったのではないか。政権がいかにコロナ対策について考え違いをしてきたか、補正予算から考えてみたい。

1次補正への不満、2次ですべて採用

 2次補正のメニューは、1次補正で「少ない、足りない」と国民から批判されてきたものに対して、あらかた応えた内容となった。

 たとえば、休業で立ちいかなくなっている事業者への資金繰り支援が足りないと言われてきたので、これを強化する。強い要望のあった「家賃支援給付金」制度も創設する。制度はあるが機能していないと批判されてきた雇用調整助成金には拡充のための予算を盛り込んだ。仕事を失ったフリーランスの人すべてを支援できるよう「持続化給付金」を拡充する。雇用や事業支援にざっと16兆円を用意した。

 医療崩壊危機も大きなテーマだ。なんとかここまで切り抜けてきたものの、医療現場への政府支援が圧倒的に足りないといわれてきた。今回、総額3兆円近くを医療体制強化のために計上した。医療用マスクや防護着の現場への提供など、医療従事者たちに物資と資金の両面で支援する。

 低所得のひとり親世帯への給付金の創設など、これまで寄せられた国民の不満や批判を片っ端から予算化した。そんな印象を受ける補正予算だ。

 ただ、現場からの要求に耳を傾け、緻密に積み上げて設計した、という感じは受けない。乱暴にいえば、それぞれの項目に「つかみ金」のような巨額予算をあて、それを束ねたような、そんな予算案といえる。

 象徴的なのはコロナ対策の「予備費」だろう。10兆円もの巨額予算が計上されている。

 予備費は、地震や大雨被害など不測の事態が起きたときに、すぐに復旧・復興のために財源が必要になるのに備え、各年度の当初予算に設けておくものだ。国会での事前審議が必要なく、内閣の判断ですぐに使える。ふつうは各年度で5000億円ほどが積まれている。

 10兆円というのは、いくら何でもけた違いに大きすぎる。コロナ対策のためとはいえ、政権にフリーハンドを与える予算額としては破格だ。予算は項目ごとに国会で審議され、必要なのか、使い道は正しいかなどが点検される。そのプロセスを経ないまま巨額予算の執行権が政権に与えられてしまうのは問題だ。

 評判が悪い「アベノマスク」のような予算執行のケースが増えることが考えられる。466億円もの予算がかかるのに、当初、国会での審議なしで全世帯配布が決まった。製造元への契約も随意契約で不透明だ。

アベノマスク

 10兆円の規模ともなれば「第3次補正予算案」を改めて国会に提出すればいい話だ。緊急性があるコロナ対策なら、野党も全面的に緊急審議に応じ、早期成立に協力するだろう。安倍政権に「白紙委任の小切手を渡せ」というのでは納得できない話である。

 どうやら政権の支持率が急落しているという事情が関係しているようだ。3次補正予算まで見通せば、国会の会期延長が求められることになる。だが首相はそれを望んでいない。黒川前検事長の定年延長や賭けマージャンに世論の批判が強まり、国会が延長されれば野党からの政権批判で、再び焦点をあてられてしまう。河井案里参院議員の公職選挙法違反疑惑もくすぶっている。だから、国会を早く閉じたいのだ。

 そこで浮上したのが、第2次補正予算を膨張する策だったのではないか。国会延長を避け、しかも支持率の回復も期待できる。そう考えると、不要不急の10兆円予備費の意味もわかってくる。事実上の3次補正の前倒し計上なのだ。

「リーマンを上回らないとダメ」

 1次補正のコロナ対策は「遅い、少ない、わかりにくい」と批判を浴びた。

 こうなってしまった理由はいろいろある。要は政権が、コロナ危機下で国民がどのように苦しんでいるのか、それを和らげるためにどのような政策が求められているのかを理解していなかったということだ。想像力に欠け、聞く耳も持っていなかったのである。

 官邸でコロナ危機対策の中心になったのは、今井尚哉補佐官ら経産省出身を中心とする、いわゆる「官邸官僚」たちだった。今井氏が中心となり、各省にアイデアを募った。その際、今井氏がこう念を押した。

 「リーマン・ショックの経済対策を上回る規模のものを持ってこい。それより小粒のものではダメだ」

 コロナ感染の拡大で医療現場はこういう資材を求めているとか、何が不足しているとか、事業者たちが事業継続のために何を懸念しているとか、そういうニーズは後回しだった。今井氏がまず求めたのは、政権として「インパクトのある対策」だった。それを裏付ける巨額の数字だった。

 そうだ。このコロナ危機対策は最初から「規模ありき」だったのだ。

首相補佐官に起用され、安倍晋三首相(右)との記念撮影に臨む今井尚哉氏=2019年9月11日、首相官邸

 ニーズから積み上げた対策ではなかったために、必要なところに必要なだけの財源が届かないという問題が至るところで生じた。コロナ診療病院に必要な医療資材が行き届かない。困っている人々に必要なだけの給付金がいかない。問題が頻発した。

 そのやり方は現在に至るまで変わっていないようだ。そう感じさせたのは、安倍首相の5月25日の記者会見だった。首相は「空前絶後」「世界最大」などの形容詞を乱発し、事業規模117兆円を誇らしげに発表した。

 それでいて、具体的な方策についての言及はほとんどなかった。給付が進まないこと、PCR検査が増えないことなどの「目詰まり」問題。いま最も深刻なこうした問題をどう解決するのか、現場スタッフが足りないなら増やすために政府はどこに予算を投じるのか。会見ではそんな具体論がないまま、首相の言葉は規模自慢で踊っていた。

「効果より規模」のアベノミクス

 巨額さをアピールする、インパクトのある数字を「過去最大」「空前」といった形容詞で飾りあげる、それで国民の喝采を浴びようとする――。この発想は、まさにアベノミクスの発想そのものだ。

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