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パンデミック対策の鍵を握る医薬品の「特許権プール」構想

コロナ医薬品特許権プールへの期待と課題

荒井寿光 知財評論家、元特許庁長官

医療物資は種類により特許の機能が異なる

 コロナ関連の医療物資は、①医薬品(治療薬、ワクチンなど)②医療機器(人工呼吸器、ECMO、CT、MRIなど)③医療用品(マスク、防護服、ゴム手袋、フェースシールドなど)の3つに分類される。分類ごとに、特許の果たす役割は大きく異なる。

 第1の医薬品では特許がほとんどすべてと言える。医薬品はファインケミカル製品やバイオ製品で、これらを保護するものは「物質特許」と言われる。ファインケミカル製品は原則として一つの医薬品を一つの特許で保護しており、バイオ製品は一つの医薬品を複数の特許で保護している。医薬品はライセンスされることはほとんどなく、ライセンスされる場合のライセンス料は高額で、約50%になることもあると言われる。

 第2の医療機器は、精密機器やエレクトロニクス製品の一部であり、一つの製品に、数千件から数万件の特許が使われており、一つの特許の影響は比較的小さい。エレクトロニクス製品では、特許がライセンスされることも多い。会社同士でクロスライセンスすることや同じ製品を作るために複数の会社が多くの特許を出し合って利用しあうパテントプールも良く行われる。

 第3の医療用品は、どちらかと言えば、ローテク製品で、余り特許で保護されていない。生産能力と生産価格の勝負である。今回のマスク不足は中国に90%依存していて、中国からの供給停止が引き起こしたものであり、特許の問題ではない。

 なお、安倍首相の提唱する「特許権プール」は、複数の製薬メーカーの治療薬やワクチンの特許をプールして一括管理すると言う意味で、エレクトロニクス製品の「パテントプール」のように、複数の特許を使って一つの製品を作るのとは意味が違う。

医薬品特許は極めて特殊

 医薬品の開発には時間とカネがかかる。成功の確率は低く、開発リスクが高い。一つの医薬品は、約3万の候補物質から長年にわたる研究開発により見つけ出され、動物やヒトに対する試験を行い、厚生労働省の承認を経て、初めて販売される。平均で15~17年の期間と500~1000億円の研究開発費用がかかり、成功しないことも多い。このため製薬メーカーは特許の強い保護を求めている。

 特許の期間は通常は出願から20年であるが、医薬品は承認手続きに時間がかかる場合は5年の延長が認められ、更にデータ保護期間として約9年、特許法とは別に知的財産権として保護されるのが国際ルールだ。

拡大Wright Studio/Shutterstock.com

 医薬品価格は研究開発費と治験費用がほとんどで、製造コストはわずかなものだ。医薬品の製造自体は技術的にそれほど難しいものではないので、特許が参入障壁として果たす効果は極めて大きい。「特許の崖」(パテント・クリフ)と言われるように、特許の期限が切れると後発薬メーカーが参入し、先行の製薬メーカーの業績は崖から落ちるように下がることがある。

 医薬品は医薬品医療機器等法(旧薬事法)の承認の問題が大きい。薬は効く人と効かない人がいるし、多くの薬は副作用があるので、有効性と安全性の確認には、時間がかかることが多い。富士フイルム富山化学の抗インフルエンザ薬アビガンは、1999年に特許出願がなされており、2019年に特許の期限が切れたが、未だコロナの治療薬としての承認は出ていない。

 さらに薬価の問題がある。日本では厚生労働省が決める公定価格であり、市場メカニズムで決まる価格ではない。ノーベル賞受賞者の本庶佑先生の開発したがん治療薬のオプジーボは当初は一人当たり年間の薬価は約3500万円したが、今は約半額に下がっている。最近難病治療薬ゾレゲンスマの薬価は約1億7千万円で決まった。白血病治療薬キムリアは約3千万円で、高額の医薬品が増えている。

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筆者

荒井寿光

荒井寿光(あらい・ひさみつ) 知財評論家、元特許庁長官

1944年生まれ、1966年通産省(現経済産業省)に入り、防衛庁装備局長、特許庁長官、通商産業審議官、初代内閣官房・知的財産戦略推進事務局長を歴任。日米貿易交渉、WTO交渉、知財戦略推進などの業務に従事。WIPO(世界知的所有権機関)政策委員、東京大学、東京理科大学の客員教授を歴任。現在は、日本商工会議所・知的財産戦略委員長を務める。(著書)「知財立国が危ない」「知財立国」(共著)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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