メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

権力取材を改革して「脱癒着」宣言を

密着取材を具体的にどう変えていくかについては冷静な議論も必要だ

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

密着取材や権力取材は何のために行うか

ロッキード事件で逮捕された田中角栄前首相宅の家宅捜索に入る捜査員たち=1976年7月、東京・目白台拡大ロッキード事件で逮捕された田中角栄前首相宅の家宅捜索に入る捜査員たち=1976年7月、東京・目白台
保釈され東京拘置所を出る田中角栄前首相(中央)=1976年8月、東京・小菅拡大保釈され東京拘置所を出る田中角栄前首相(中央)=1976年8月、東京・小菅

 問題点を整理しておこう。

 権力者や権力組織に接近して「深い」関係を作ろうとする密着取材は何のために行うのか。

 一言でいえば、記者が権力監視を行うためだ。

 その大前提として、権力を監視するための取材には密着取材以外にもいくつかの手法があることは大事な点として押さえておこう。あらかじめ質問項目を提出させられたあげく、その場での追加質問などにも一切応じてもらえないことも少なくない記者会見の場で相手を厳しく問いただすこと、公開されているオープンデータを駆使して権力側の矛盾点をあぶり出すやり方……。だがそのなかにあって、提言が指摘するような様々な問題点をはらんでいるとの指摘を真摯に受け止めた上での話ではあるが、当の密着取材は圧倒的に不利な情報環境を切り崩し、権力監視を行う手法として有効に機能する部分もあったということもまた一方の事実ではないか。

 これまでの報道現場では、デスク(次長)が記者に対し「ごちゃごちゃいわずにとにかく相手(=権力者)に食い込んで情報を取ってこい」と怒鳴りつける光景がしばしば見られたものだ。長時間の「密着」「肉薄」を当然のこととして記者に求めるデスクのこうした姿勢は今日の観点からすれば極めて問題があるといわざるをえないだろう。

 また、たびたび指摘されてきたいわゆる「アクセス・ジャーナリズム」の弊害もしっかり押さえておく必要があるだろう。権力に近づいて情報を入手しようとするこの取材手法はごく一般的に世界各国で行われているものだが、その手法だけに頼りすぎれば権力者との距離が近くなりずぎて記者は視野狭窄に陥りやすくなる。また仮に権力者や権力組織に「食い込めた」として、その結果「情報リーク」などの形でもたらされる情報が実は権力側にとって都合のいい情報が圧倒的に多く、記者がだまされたり誘導されたり操作されたりするといったことが過去にも(そして現在も)数え切れないほど起きているからだ。

 だからこそ、リークされた情報を一から疑ってかかり、真偽を含め、様々な角度からその情報の質と内容を見極めた上で使うプロとしてのクールな視点が不可欠となる。

 とはいえ、密着取材の個々のケースを分析せず、また密着取材の中身を精査して「どんな条件をつけた場合に密着取材は今後に向けて有効な取材手法として残していけるか」などの点をまったく検討しないまま、あるいは「長時間労働やセクシュアルハラスメントの温床」とならない形での密着取材の可能性や、密着取材に代わる「信頼できる取材手法」を具体的に新たに考えること、さらには記者全員が密着取材をやめた場合に権力監視は現実的に可能かーーなどの点を考慮しないまま、ただ密着取材を「悪」と決めつけ、一般論として全否定するだけでは実は問題は一向に解決しないのではないかーーというのが私の問題提起だ。

 なぜなら、権力者を含む取材相手との間に適切な距離と緊張関係を維持した上で行う、報道の独立性の観点からも疑義を持たれないようなまっとうな「深い」取材と、権力との同質化を指摘されるような「なれ合い、癒着した」不適切な密着取材は、実は紙一重の関係にあると考えられるからだ。

 「密着取材」=「権力との癒着」だとするいまの社会的風潮を受けて、報道現場の一部では若手記者を中心にすでに動揺が広がり始めている。一定の「深い」取材をしない限り様々な「権力」(そこには記者が日常的に取材対象としている地方の行政組織や警察、検察、地方政治家らが当然含まれる)の内幕で何が起きているかが実際には把握できないことが多いにもかかわらず、権力者や権力組織に接近すること自体をよしとしない空気が報道現場にも次第に広がってきているからだ。

 私は何もここでこれまでのあらゆる密着取材や権力取材を擁護しようとしているのではない。そうではなく、議論はある程度緻密かつていねいにやらなければ、これまでの紋切り型のメディア批判でよく見られたように議論が現実とジャーナリズムの実態からずれていってしまいかねないことを危惧しているだけだ。

 そうした不毛な事態を避けるためにも、密着取材や権力取材に絡む様々な問題や課題をまずはすべて洗い出した上で個々のケースについて対応策を冷静に議論していくことこそが、権力取材や密着取材の具体的な改革、ひいてはジャーナリズムが失った信頼を回復するための具体的な回路を見いだすことにつながっていくのではないだろうか。

問われるべき核心は何か

 繰り返しになるが、ここで問われるべき核心、少なくともその一つは何か。

・・・ログインして読む
(残り:約8131文字/本文:約14384文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務め、取材班の同僚とともに石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞した。早稲田大学政治経済学部や慶応大学法学部では非常勤講師などとしてジャーナリズム論や取材学を講義した。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

松本一弥の記事

もっと見る