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『資本主義と闘った男』から十倉・住友化学会長が読み取ったこと

諏訪和仁 朝日新聞記者

“social point of view”

 この本でも、資本主義を維持するためのキーワードは社会性や社会的観念、宇沢先生の言葉では“social point of view”だと言っています。

 資本主義と社会性の関係を考えるには、経済学のさまざまな学説を振り返る必要があります。私は学生時代、経済学全般を熱心に勉強したわけではありませんので理解が間違っている点もあるかも知れませんが、この本の内容に沿ってみると、主流派と言われる一番大きな流れは「新古典派経済学」です。古典派のアダム・スミスの流れをひく「神の見えざる手で市場が均衡する」という概念で、その前提は「人は等しく経済合理性や利潤を追求するホモエコノミクスだ」ということです。

 だから、社会という概念はなく、経済に関わる主体は一様なホモエコノミクス=個人なのです。乱暴に言えば、「公正」な配分という考えは前提にありません。個人がそれぞれ市場を通じて利潤を追求すると、神の見えざる手が働き最適な価格と数量が決まり、つまり均衡し、資源の「効率的」な配分ができるというものです。非常に効率的な仕組みです。

 財産の私有制や市民革命で得た市民的な自由、人権を最大限尊重するという優れた面がありますが、その理論のベースがホモエコノミクスなので、社会や人間性といった概念は少し横に置かれている感じがします。「科学だからそれでいいじゃないか」という見方もあり、その大物がシカゴ学派のフリードマン教授です。彼の理論は、経済現象をきちんと説明・予測できればそれで良いというものです。

 一方で、資本主義を考える上で本当にそれだけでいいのかという流れもあります。社会や人間性の存在も含めて資本主義を考え直すことは、決して資本主義そのものを否定するものではありません。

拡大宇沢弘文さん
 この本のタイトルで、宇沢先生は「資本主義と闘った男」になっていますが、先生は資本主義を否定しているわけではなく、先生の考え方の大前提は「資本主義と市場経済は維持すべき」というものです。市場経済の中に社会性を入れていこう、“from the social point of view”というのが、この本の言いたいことだと思います。

 先日、世界経済フォーラム(ダボス会議)の創始者、クラウス・シュワブさんのインタビュー記事を読みました(NIKKEI ASIAN REVIEW 2020年6月3日付 'Talentism' defines success in new capitalism, says Davos chief)。

 イノベーションを意識して、タレンティズム(日本語では人材主義でしょうか)が大事であり、ニューキャピタリズムに入れなければならないということなのですが、エッセンスは“social market economics”、要するに「社会的市場制度」。シュワブさんも資本主義に社会性を入れなければならないと言っているのです。

 シュワブさんが言う社会性とは、宇沢先生の社会的共通資本(“social common capital”“social overhead capital”)とほとんど同じ意味だと思います。宇沢先生は、一見経済とは関係ないように見える自然や生態系といった「自然環境」や、教育、医療など人間が制度を作り整えていく社会インフラのような「社会環境」も含めたmarket economicsを作らなければならないと言っています。今はESGやSDGsという世界的潮流がありますが、シュワブさんが言っていることは、まさに、宇沢先生が40年近く前に提唱された“social common capital”の思想概念であり、世界がようやく宇沢先生の考えに辿り着いたのだという思いを強くしました。


筆者

諏訪和仁

諏訪和仁(すわ・かずひと) 朝日新聞記者

1972年生まれ。1995年に朝日新聞社入社、東京経済部、大阪経済部などを経験。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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