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ツイッターデモはWithコロナ時代の新たな行動様式

ソーシャルディスタンス時代を象徴するデモとして定着する可能性

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

「もうこれ以上、この国を壊さないで下さい」

検察庁法改正案に抗議するため、国会前に集まった人たち。主催者が2メートル以上の間隔を空けるよう呼びかけた=5月13日、東京都千代田区拡大検察庁法改正案に抗議するため、国会前に集まった人たち。主催者が2メートル以上の間隔を空けるよう呼びかけた=5月13日、東京都千代田区

 新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されるなか、安倍政権が推し進めようとしていた検察庁法改正案をめぐっては5月8日、ネット上に国民の側からの異議申し立てである「ツイッターデモ」が突如現れ、急速に広がっていった。「もうこれ以上、保身のために都合良く法律も政治もねじ曲げないで下さい。この国を壊さないで下さい」とツイートした俳優の井浦新さんを始め、多くの歌手や芸能人らが自らのメッセージを次々に発信、オンラインデモに加わった。

 こうしたツイッターデモがネット上で無視できない大きなうねりになったことに加えて、メディアによる世論調査で内閣支持率が急落したこと、さらには朝日新聞社員や産経新聞記者2人の計3人が東京高検の黒川弘務検事長と賭けマージャンを行っていたことが週刊文春によってスクープされたことなどが重なり、政権は今国会での成立見送りを決断、結果的に法案は廃案になった。複合的な要因が絡んだ結果ではあるが、ツイッターデモは現実の政治を動かす上での大きな原動力となったということができるだろう。わずか数日間で数百万というツイート数に関しては「疑わしい」との懐疑的な見方も一部に出たが、自動的に作業を繰り返すボット(bot)のようなプログラムが不正に使われた形跡はないことも後から専門家の分析で明らかになった。

 7月25日に配信した「権力取材を改革して『脱癒着』宣言を」でも言及したが、これ以降はなぜこのオンラインデモによる意義申し立てが結果的に政治を動かす力を持ったかなどを改めて考えてみたい。

https://webronza.asahi.com/business/articles/2020070300004.html

「例外状態」を「あたりまえ」のように

 振り返ってみれば、安倍政権はこれまで、従来の政治と法のありようを大きく踏み超えるある種の「例外状態」(イタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン)を作り出した上で、その状態をその後も手を変え品を変えるように反復・更新していき、そのことがあたかも「あたりまえ」であるかのように国民を慣らせていくーーといったショック療法的な政治手法を採ってきた。

 例えば「アベノミクス」なる経済政策を推し進めるために日銀総裁の首をあっさりすげ替えたり、やはり政権の思いのままにならなかった内閣法制局長官を集団的自衛権行使容認論者に取り換えたりした上で、憲法9条違反であることが政府解釈によって確立していた集団的自衛権の行使を閣議決定のみで「合憲である」と解釈変更してみせるという〝離れ業〟も行った。

 森友・加計学園や桜を見る会をめぐる一連の問題では、首相や官邸の意向を忖度(そんたく)した官僚たちの手によって、歴史を検証するために必要不可欠で国民の財産でもある大量の公文書の「改ざん・隠蔽・廃棄」が何度も繰り返されたが、国民の反発や怒りは一定の範囲にとどまり、その後沈静化した。

「政治」というファクター

検察庁法改正案の今国会での成立断念に関して取材に応じる安倍晋三首相=5月18日、首相官邸拡大検察庁法改正案の今国会での成立断念に関して取材に応じる安倍晋三首相=5月18日、首相官邸

 他方、現実の抗議行動を振り返ってみても、貧富の格差を社会の不正義として訴えた米国の2011年の「オキュパイ・ウォールストリート」運動などと連動する形で日本国内でもそれなりに活発なデモは起きていた。2011年の東日本大震災に伴う反原発デモや、2015年の安保法制反対デモではSNSを媒介にした「路上の民主主義」としての大きなデモが繰り返され、その経験は国民の間にたしかに蓄積されてきてはいた。

 とはいえ、政治の側が脅威に感じるようなレベルにまではいかず、国民による抗議行動が現実の政治の動きにダイレクトに影響を与えるということはなかった。

 では、今回はなぜそれが可能だったのか。

 端的にいえば、コロナ禍によって日々の生活がリアルに立ち行かなくなる恐怖に脅かされるという事態が目の前に現れ、しかも不可抗力の自然災害によってそれがもたらされただけでなく、そこに「政治」というファクターが加わって社会的混乱や経済的困窮が引き起こされているのだと多くの人が実感した、という要素がまずは大きかったのではないか。

 しかもコロナ禍のさなかに政権が推し進めようとしていたのは、政府の判断で検察幹部を定年後も役職にとどめることができるようにするという法案であり、その中身は多くの国民からすればいかにも「不要不急」と思われた。にもかかわらず、政権がそこに固執するのは政権を守るための「守護神」を検事総長に就任させたいという政治的思惑であることは明らかだーー。そんなわかりやすいストーリーが浮上したことに加え、7月25日に配信した原稿でも述べたように従来の抗議活動には登場しなかった著名な人々らが勇気を持って自らの考えを表明したことによって、それまで関心のなかった多くの人々をネット上の抗議行動に振り向かせたとみることができるだろう。

 さらに、ふだんは特段意識することのなかった政治が自分たちの生活に否応なく直結しているという事実に改めて気づき、嫌でも政治と向き合わざるをえなくなった人たちが「ステイホーム」によって自宅に長くいることを余儀なくされた結果、政治や政治家の動きを国会中継やワイドショーなどで事細かにチェックするようになった……。今回のツイッターデモはそんな国民の側の「行動変容」によってもたらされた新型の社会運動という見方もできるのはないか。

 そうした複数の要素がパズルのように組み合わさったとき、コロナ禍のなか大勢の人が1カ所に集まって「密」な状態を作るわけにはいかないという現実的な拘束条件のもとでツイッターデモが立ち上がって力を持った。短いメッセージや情報が一気に拡散されるメリットについては誹謗中傷やヘイト言説などもまた拡散されやすいという短所も併せ持つが、今回は国民の怒りがそのまま政治をリアルに動かす可能性をこの国で顕在化させることにつながった。そのことを考える時、ツイッターデモは「Withコロナ時代の新たな行動様式」として、また「ソーシャルディスタンス時代を象徴するデモ」として、今後も社会に定着していく可能性を未来に向けて開いたとみることができるのではないか。

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務め、取材班の同僚とともに石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞した。早稲田大学政治経済学部や慶応大学法学部では非常勤講師などとしてジャーナリズム論や取材学を講義した。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

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