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激化する米中対立 「香港自治法」の影響は? 香港はどうなる?

米国の対中経済制裁はポーズか。「一国二制度」は形骸化、中国化が加速する香港

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

 世界中が新型コロナウイルスに翻弄されるなか、米国と中国の対立が着実に激しさを増している。

 今年1月、ひとまず合意した貿易摩擦問題は、少なくとも11月の米大統領選まで静観されるかと思われたが、6月にトランプ大統領が合意事項である中国の輸入拡大の履行を改めて求めるなど、関税引き上げ合戦となった米中貿易摩擦が再燃する可能性を意識させた。その一方で、米中経済戦争の主戦場は、ファーウェイ問題に象徴される先端技術を巡る攻防に移っており、米国による同社など中国企業の排除のみならず、これまで同社の使用を認める方針を示していた英国が排除姿勢に転じるなど、他国を巻き込む広がりを見せている。

「香港国家安全維持法」制定で対中姿勢を変えた英国

 英国を変心させたのが、香港問題であることは疑いの余地がない。米中の間では以前から香港を巡っても対立の火種が燻(くすぶ)っていたが、それが英国をも飲み込む大きな炎と化したのは、6月末に中国が「香港国家安全維持法」を制定したことによる。

 この法律は、なによりもまず、香港のルールを中国本土で法制化したことが異例であり、香港の司法の独立を侵している。そのうえ、この法が定める犯罪行為は解釈の幅が広く、有罪となれば香港の選挙に立候補できない。つまり、運用の仕方によっては、民主主義の機能が停止し、香港の独立性を担保する「一国二制度」を形骸化させる。その点を、旧宗主国である英国は問題視したとみられる。

 また、この法律は、香港市民だけでなく海外の企業にも、さらには香港以外の地における活動に対しても適用される。そのため、香港に進出している企業にとっては、どのような活動がこの法に触れ、香港でのビジネスにどのような影響が生じるのか、現時点では全く見通せない。

 こうした変化をみれば、もはや香港のビジネス環境は「一国二制度」ではなく、中国本土並みになったという指摘にすんなり納得できるほど、警戒すべき状況になっていると言える。

香港国家安全維持法の施行を祝う電光掲示板の手前で、中国の国旗(上)と香港の旗がはためいていた=2020年7月4日、香港、益満雄一郎撮影

制裁まで時間がある米国の「香港自治法」

 英国以上の反応を見せたのが、言うまでもなく米国である。米国は、香港国家安全維持法により香港の自治権が侵害されたと判断、香港に対する輸出管理上の特別待遇を撤廃する方針を示した。詳細は今のところ明らかになっていないが、米国が貿易制度の運営上、香港と中国本土とを同一視し始めたことは、ビジネス環境において香港が持つ中国本土に対する優位性が失われつつあることを意味する。

 その懸念をさらに強めたのが、米国による「香港自治法」の制定である。7月14日、トランプ大統領は「香港自治法」に署名、同法が成立した。これにより、米国は資産凍結や事実上のドル使用の制限という形で、中国に対する経済的な制裁を発動することが可能になる。

 制裁は2段階からなり、まず第1段階として、香港の自治・自由を侵害した個人や団体を対象に、ドル資産を凍結する。そして、第2段階は、第1段階の対象となる個人・団体と取引のある「米国外の」金融機関に対する、①米銀による融資・外貨取引・貿易決済の禁止、②米国内の資産凍結、③米国からの投融資の制限、④米国からの商品・ソフトウエア・技術の輸出禁止などである。

 こうした経緯や制裁内容を踏まえると、第1段階の対象は専ら共産党幹部となりそうであり、むしろ政治的な意味合いが強く、経済面で中国に大きなダメージが見込まれるのは第2段階の制裁であろう。

 ここで興味深いのは、制裁の発動までに要する時間の長さである。同法の定めでは、第1段階で対象を特定するまでの期間を90日以内、第2段階で対象の金融機関を特定するまで、さらに60日以内としている。そして、実際に制裁を発動するのは対象を決めてから1年以内、その間に状況が変われば制裁を取りやめることもできるとするなど、第2段階の制裁発動まで、かなり慎重に時間的余裕を持って進められるようになっている。

香港でデモ行進をする若者たちは「トランプ大統領、香港を解放して」と書かれた横断幕を掲げていた=2019年9月21日、香港・屯門、峯村健司撮影

自国経済に悪影響を与えかねない米国の制裁

 なぜ、時間的余裕をもたせたのか? その意図は、今回の制裁の影響を整理すると見えてくる。

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