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コロナ禍で浮き彫りになる働く人びとの格差

障がい者が包摂され、活躍できる組織・社会を実現するには

二神枝保 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授・日本学術会議連携会員

 現在、持続可能な開発目標(SDGs)の追求は、世界的潮流となっている。そこでは、誰一人取り残さないことを誓っており、インクルーシブ(包摂的)な社会の実現を決意している。インクルージョンは、持続可能な開発に不可欠なキーワードであり、重要な概念になっている。

 日本においても、政府は一億総活躍社会の実現をめざしている。それは、女性も男性も、障がいのある人もない人も、高齢者も若年者も、すべての人びとが包摂され、活躍できる社会である。そこでは、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)による持続可能な経済成長と分配の好循環が期待されている。こうした一億総活躍社会の実現にむけて、働き方改革が推進されている。

「ニッポン一億総活躍プラン」フォローアップ会合・働き方改革フォローアップ会合合同会合であいさつする安倍晋三首相(右側中央)=2019年5月30日「ニッポン一億総活躍プラン」フォローアップ会合・働き方改革フォローアップ会合合同会合であいさつする安倍晋三首相(右側中央)=2019年5月30日

増える解雇、減る求人、テレワークにも光と影

 しかし、新型コロナウイルス感染拡大のなかで、人びとの働き方は大きく変わろうとしている。そして、働く人びとの格差も浮き彫りになりつつある。

 そのひとつが、障がい者と健常者の格差であるだろう。厚生労働省によれば、2020年2月から6月にかけて企業等に解雇された障がい者の数は計1104人に上っている。前年同期より152人、16%増えている。2020年5月の障がい者の新規求人数も、前年同月より36.1%も少ない。これらは、新型コロナウイルスの影響で企業の業績が悪化しているためである。今後、障がい者の雇用状況が引き続き悪化することが予想される。

 一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの調査によれば、視・聴覚に障がいのある回答者の約6割が、新型コロナウイルス感染拡大による仕事や学習環境の変化に不安を感じている。そして、全体の約5割が、経済状況や雇用面にも不安を感じている。特に、コロナ禍によって、仕事が激減したことによる収入減少の不安は大きい。視・聴覚障がい者のなかには、テレワークについていけないという不安を抱く人もいる。テレワークの普及は、身体障がい者にとって、通勤の不便を解消したり、対面が苦手な障がい者にコミュニケーションの不安を軽減するというメリットをもたらす一方、在宅が増えることによるストレスや体調不良を訴える障がい者の声も多い。

高い感染リスク、救命医療の差別……保護強化求める国連提言

 こうしたなか、国連は、2020年5月6日に障がい者は健常者に比べて新型コロナウイルス感染で重症化し、死亡するリスクが高いことから、障がい者の保護強化を求める提言を発表している。

 世界の障がい者の数は、世界人口の約15%、約10億人と推定されている。新型コロナで重症化する危険が高いとされる60歳以上の高齢者では、全体の46%に達している。介助が必要な人や介護施設の入所者も多いため、感染リスクが高い。集中治療室(ICU)や人工呼吸器の利用で差別的な基準に基づいて優先度を下げられる例もあるという。そして、景気悪化の影響で職も失いやすい。

 したがって、国連は、障がい者保護策として、ウイルス対策情報やサービスの提供、情報発信の際に手話を提供すること、救命医療での差別撤廃、介護施設での感染予防強化、補助金増額などを提言している。

障がい者のディーセント・ワークは時代の趨勢

 仕事をすることは、ウェル・ビーイング(幸福)の重要な源泉のひとつである。障がいのある人びとがディーセント・ワークを実現することは、時代の趨勢である。ディーセント・ワークとは、ILO(国際労働機関)が提唱する概念であり、働きがいのある人間らしい仕事である。

「世界一幸福な国」、フィンランドから学ぶこと

 日本において、民間企業に雇用されている障がい者の数は、約56万人である。しかし、日本では、障がい者の法定雇用率を達成している企業の割合は、全体の48%にすぎない。

 WHO(世界保健機関)によれば、日本の15-64歳の障がい者のうち、雇用されている者は、全体の22.7% にすぎないという。フィンランドでは、その数値は60.8%であり、日本と比較すると、かなり高いことがわかる。世界一幸福な国といわれているフィンランドと日本では、一体何が違うのだろうか。

 フィンランドは、社会保障も手厚い福祉国家であり、職業教育・訓練も充実している。ただし、障がい者雇用に関しては、日本のようにクオータ(割り当て)制を導入していない。

 地域では、いくつかの障がい者団体や企業、大学などが連携しながら、障がい者の就労支援クラスターを形成している。就労支援クラスターとは、障がいのある人の就業能力開発のための地域の様々なエージェントの連携といえるだろう。就業機会を拡大するために、障がい者のスキルと職務のマッチングに関する指導が行われている。また、障がい者の潜在能力と就業能力を向上するため、職業教育・訓練も実施されている。

 ソーシャル・ファームも存在している。ソーシャル・ファームとは、働くのが困難である人びとの雇用を支援する目的で設立されたもので、社会に付加価値を創造するビジネスである。そこでは、障がい者のみならず、長期疾病者や長期失業者、受刑者、麻薬中毒者、不登校者も働いている。筆者がヒアリングしたところ、あるソーシャル・ファームでは、フィンランド国立保健福祉研究所によって開発された能力指標を用いて、障がい者の就業能力とパフォーマンスを高めるように、職業教育・訓練が行われていた。

 フィンランドにおいて、障がいのある人びとの潜在能力を開発し、社会に包摂しようとする理念は、法的枠組みや社会保障といったマクロレベルにおいても、企業組織の構造や仕組み、人びとの意識といったミクロレベルにおいても、かなり浸透している。

 フィンランドの事例は、もちろん日本とは異なる文化・制度的枠組みのなかで発達・機能したものではあるが、障がい者の雇用・人材開発における課題が多く残されている日本にとって、とても示唆に富んでいる。世界一幸福な国、フィンランドから人びとの働き方について学ぶことも多い。

性的マイノリティーや車いすに乗る人など多様な人が参加したパレード=2019年6月29日、Mila Hanzina/shutterstock.com性的マイノリティーや車いすに乗る人など多様な人が参加したパレード=2019年6月29日、Mila Hanzina/shutterstock.com