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豊かで平等だった明治維新前の日本

榊原英資 (財)インド経済研究所理事長、エコノミスト

 イギリスの旅行家・紀行作家のイザベラ・バードは「日本奥地紀行」(高梨健吉訳、平凡社ライブラリー、2000年2月)で次のように書いている。

 私はそれから奥地や蝦夷を1200マイルにわたって旅をしたが、全く安全でしかも心配もなかった。世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法にも合わず、まったく安全に旅行が出来る国はないと信じている。

 このバードの記述、つまり1878年の体験によって書かれた一節は、現代の旅行記に出てきたとしても、何の不思議もないだろう。江戸時代から明治、大正、昭和、平成、令和を通じて日本は極めて安全な国だと言えるのだろう。

 下の図はOECD諸国の犯罪率の比較だが、日本はスペイン、ハンガリーなどと並んでもっとも犯罪が少ないグループに属している。明治時代にバードが語ったことは、現在でも充分当てはまるという訳なのだ。

明治維新まで平和な国だった日本

 日本の安全は日本の歴史において平和な時期が長く続いたことに深く関係している。

 梅棹忠夫の言い方では、日本はイギリスなどと同じユーラシア大陸の縁辺の国として「ぬくぬく育った」のだった(梅棹忠夫著「文明の生態史観」1974年、中公文集)。大陸から荒海で隔てられた日本は、国が成立して以来千数百年間、一度も異民族に侵略されなかった世界でも稀な国なのだ。

 日本で大規模な内乱が無く平和だった年数を数えると平安時代は391年、江戸時代が265年で合計656年にもなる。明治維新までの千数百年に日本が戦った対外戦争はたった3回、(i)663年白村江の戦い、(ii)元寇(1274年の文永の役と1281年の弘安の役)、(iii)朝鮮出兵(1592年の文禄の役と1597年の慶長の役)に過ぎないのだ。しかも、この内の2回は戦場が朝鮮半島で、日本の地における対外戦争は元寇のみだった。

 長い平和の歴史の中で日本は、イザベラ・バードが絶賛したように、アジアの大陸国家やヨーロッパ諸国に比べても極めて安全な国になっていった。近世から近代にかけての日本の平和は、世界でも例外的な事で、素晴らしいものだったのだ。

 明治維新後は、所謂帝国主義戦争に巻き込まれていくのだが、それまでは「戦争のヨーロッパ」に対して、「平和の日本」だったという事が出来るのだろう。

豊かで平等な社会だった日本

 平和で安全だった日本は、又、かなりの豊かな国でもあった。渡辺京二は名著「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー、2005年)の中で次のように書いている。

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