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バイデンが大統領になっても、アメリカは自由貿易には戻らない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 11月3日にアメリカ大統領選挙が行われる。主な候補者は、共和党のトランプ大統領と民主党のバイデン元副大統領である。

 アメリカの大統領選挙は、それぞれの州の選挙民が大統領選挙人を選び、大統領選挙人が大統領候補に投票するという間接選挙の形をとる。大統領選挙人の数は、一定の総数(538人)のなかで、まず各州に2人が割り当てられ、残りが人口に応じて各州に割り当てられる。一番人口が多いカリフォルニア州は55人、逆に人口が少ないモンタナ州は3人である。

 殆どの州では、選挙で勝った候補がその州に割り当てられた大統領選挙人を総取りする。例えば、カリフォルニア州である候補者が51%対49%というわずかの差で勝利したとしても、その候補者は55人すべての大統領選挙人を獲得する。逆に、大勝しても55人である。

トランプ大統領=2020年2月29日、メリーランド州オクソンヒル

前回のトランプ勝利の要因

 前回の選挙で、民主党のクリントン候補が総得票数では300万票近くも上回ったにもかかわらず、トランプ候補のほうが多くの大統領選挙人を獲得して勝利したのは、この選挙の仕組みが原因である。わずかな差でもいいので、多くの州で相手候補の得票を上回れば大統領選挙で当選できる。勝つことが当然視される州で多くの票を獲得しても意味がない。アメリカ全州の世論調査で大きくリードしている候補者が大統領選挙で勝つとは限らないのだ。

 リベラルなカリフォルニアやニューヨークでは民主党、保守的な南部のテネシーやアラバマでは共和党というように、大統領選挙でどちらの候補が勝つかは、ほとんどの州では選挙する前からおおむねわかっている。

 選挙をしてみないとどちらに揺れる(スイングする)かわからないという意味で、スイングステイトと言われる州(日本のマスコミは重要州とか激戦州とか呼んでいる)の勝敗が大統領選挙を左右する。ミシガン、オハイオ、アイオワ、ウィスコンシン、ペンシルベニア、フロリダ、コロラドなど、全米50州のうち10ほどの州である。

 中西部に、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアなどこれらの半分が集中している。デトロイトやクリーブランドなどの都市に代表されるように、ここは、かつて自動車や鉄鋼業で栄えた地域である。今はこれらの産業が衰退したために、さびた地域、ラストベルトと呼ばれている。

 TPP(環太平洋経済連携協定)からの撤退やカナダとメキシコとの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しといった保護貿易主義的な考え方は、2016年民主党の大統領予備選挙を戦ったバーニー・サンダース上院議員が主張したものである。これで彼はミシガン州などで勝利し、クリントン候補を追いつめた。

 これを見たトランプが、本選となる大統領選挙で同様の主張を繰り返して、本来民主党の地盤だったラストベルトでクリントン候補を破り、当選した。本来自由貿易を主張してきた共和党の候補者であるトランプが、民主党の保護主義を取り込む形となった。共和党の候補者が反自由貿易を唱えるのは、1936年以来だった。

トランプ就任後の通商政策

 大統領就任後トランプは、TPPから脱退するとともに、安全保障を理由に自動車や鉄鋼・アルミの関税を引き上げると主張した。鉄鋼・アルミについては関税を引き上げ、一時ラストベルトに活気が戻った。

 しかし、自動車に使われる高機能の鋼材については、アメリカ企業では対応できず、日本企業からの供給に頼っている。アメリカの鉄鋼大手は2019年から減産となり、期待された効果は得られなかった。

 NAFTAについては、メキシコに進出した自動車企業が関税なしでアメリカに輸出するときには、アメリカで作られた部品を多く使うように要求した。今では、協定自体が改訂され、USMCAと呼ばれている。

 また、オバマ政権がTPPで日本に認めた自動車関税の撤廃も、日米二国間の貿易協定では、認めていない。ただし、日本やEUに対して、鉄鋼と同じように自動車についても関税を引き上げると主張していたが、多くの消費者に影響することなどから、これまで実現していない。

 中西部は、ラストベルトであると同時に、アメリカで最も農業の盛んなコーンベルトと呼ばれる地域である。農家は伝統的に共和党支持なので、農家の票を失うと当選できない。

 トランプが日米貿易交渉を行ったのは、TPP11の発効で日本市場においてオーストラリアなどに対して劣ることとなった農産物の競争条件(牛肉についてはオーストラリア9%、アメリカ38.5%)を回復させるためだった。

 また米中貿易戦争をしかけたものの、中国の大豆関税の引き上げにあって、中国への大豆輸出が激減し、トウモロコシと大豆の輪作を中心とする中西部の農業に大きな打撃を与えた。再選に与える影響を心配したトランプ政権は巨額の財政支援を農家に行うとともに、中国と交渉し、昨年末の米中合意で中国に農産物の輸入拡大などを約束させた。

コロナ対策と再選戦略

 トランプの再選戦略の基本は経済の好調をアピールすることだった。このため3月上旬までトランプ米大統領は、新型コロナウイルスをうまくコントロールしており大変な事態だというのはメディアのフェイクニュースだと主張していた。経済に与える影響を無視しようとしたのだ。

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