東京圏を除き、コロナ禍が過ぎ去れば、都市圏鉄道輸送はコロナ前の水準まで戻る
2020年10月30日
コロナ禍は、緊急事態宣言解除のあと底を脱し持ち直したとはいえ、ほとんどすべての経済活動にマイナスの影響を与え続けている。なかでも、鉄道旅客輸送は、最も大きな打撃を受けた産業のひとつである。
一方、通勤(・通学)輸送中心の私鉄の場合、落ち込みはそれほどでもない。例えば、東急の9月輸送量(輸送人員)は対前年比66%まで回復している。
今後、鉄道利用がどうなっていくのか、現段階で確たることは言えない。ただし、相対的に通勤主体の私鉄の落ち込みが小さいことは、二千年にわたる人類の歴史とも整合的である。コロナ禍が過ぎ去れば、人口減少に伴う長期低落傾向はいかんともしがたいにしても、東京(首都)圏以外の都市圏輸送はコロナ前と変わらない状態に戻るだろう。一方、遠距離通勤が相対的に多い東京圏輸送とビジネス需要に依存する東海道新幹線、特に後者にはコロナ禍がもたらしたショックが今後も尾を引く可能性が高い。
イタリアの物理学者チェーザレ・マルケッティによれば、有史以来、古代ローマを含め、都市の規模は中心から半径2.5キロがせいぜいであった。19世紀に入って、交通手段が発達するにつれ、都市の規模が爆発的に拡大する。しかし、都市規模拡大にもかかわらず、ローマ時代も今日も変わらないものがある。それは、人間が1日24時間のうち、移動に使う時間が1時間程度だということである(Technological Forecasting and Social Change 47巻75-88頁)。
実際、今日の勤労者の平日の移動すなわち自宅と職場の行き帰りに費やす時間は、平均して片道30分、往復1時間前後というのが、世界中の都市で見られるパターンである。英運輸省の諮問委員会(SACTRA)も、1994年に公表した報告書(Trunk Roads and the Generation of Traffic)で、通勤時間は6世紀にわたって安定していると指摘している。交通手段の発達でスピードが向上するのに比例して移動距離が伸びため、移動距離÷スピードである移動時間は変わらなかった。都市の規模はスピードに比例して拡大してきたといってもよい。
人間の移動に関しては、「移動時間予算」(travel time budget)という考え方が有力である。人間の1日あたりの平均移動時間が時代や文化を問わず、比較的安定しているのはなぜか。この考え方によれば、人間には移動に使ってもよい、あるいは使いたい一定の時間があり、その時間からの乖離を最小化しようとする。つまり予算を超過すれば移動時間を減らし、余れば増やそうとする。要するに、移動にかける時間には予算があり、人間はその範囲で時間配分を工面するということである。おカネではなく時間の会計である。
とくに、1日移動1時間というパターンは「マルケッティ定数」(Marchetti's constant)と名付けられている。時代と場所を超えて、それぞれの人間社会に属する個々人の移動時間予算はまちまちであっても、社会全体で平均すれば移動時間の平均が1時間になるということである。
なぜそうなのかについては活発な議論が今も続いているけれど、理由はともあれ、先進国か途上国かを問わず、世界中で見られる現象であることは確かである。英運輸省の元主任研究官(Chief Scientist)でロンドン大学名誉教授デービッド・メッツが指摘しているように、「我々はそれぞれ平均して1日1時間を移動に費やす。これは移動時間が何世紀たっても変わらなかったことを意味する。より速いスピードを可能にする交通体系や技術の改良は、移動時間を減らすのではなく、より遠くへ連れて行くこととなった」(Travel Fast or Smart?)。
日本も例外ではない。平安京も東西南北それぞれ4~5キロ、したがって中心から端まで2~3キロとなり、歩いて片道30分、往復1時間程度の距離であった。そして、今日の日本においても、この一日の移動時間のパターンは保たれているのである。
NHKが5年ごとに行っている「国民生活時間調査」には、通勤時間に関する項目があり、最新の2015年の調査によれば、勤め人の平日片道の通勤時間は、図表1のとおりであった(一部筆者推計)。
全国平均は40分となっているけれども、これは世界でも突出した都市圏である東京(首都)圏を含んだものであり、東京圏を除くと36分となる。圏域人口で言えば、東京は3千万人を超え、大阪のみならず、先進国屈指の大都市圏であるニューヨーク、ロンドン、パリのほぼ二倍の規模であり、世界的にも例外的存在である。ここでは、ひとまず東京圏は除外して考える。それでも、日本人の大多数(四分の三)は東京圏以外に住んでいるのだ。
東京圏を除くと、大阪圏の43分はやや長いものの、30万人以上の市が35分、10~30万人の市が36分、5~10万人の市町村が36分、5万人未満の市町村が34分と、人口規模の相違にもかかわらず、驚くほど数値が安定している。大阪圏ですら、5万人未満の市町村より9分長いだけなのだ。世界で唯一無二の人口規模を誇る東京圏を除き、日本でも都市規模にかかわらず、大阪圏は若干長めながら、1日片道30分往復1時間というパターンは、ほぼ保たれているといってよいだろう。
この平均通勤時間が片道約30分という事実は、今日の日本の鉄道の在り方、国鉄改革、そしてコロナ後の鉄道利用とも深く関係している。
日本の鉄道政策は、明治以来、全国ネットワークの国有鉄道(戦前は鉄道省、戦後は国鉄)が中長距離輸送を担い、地域完結の短距離輸送は私鉄(地方鉄道)が担う二元体制となっていた。国鉄は地方路線の普通列車も、比較的長い距離を走らせるのが通例であった。
ところが、国鉄改革で分割されJR体制となって以来、国鉄末期に始まった新しい動きが加速され、JRの列車運行体系は大きく変化する。
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