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中国のTPP参加のハードルを上げよ!~米国の政治空白を突いた習近平

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 とうとう中国の最高指導者がTPP参加への意図表明を行った。

 11月20日のAPEC首脳会議で習近平国家主席は「TPPに加入することを積極的に考えている」と発言した。RCEP交渉の妥結、同協定への署名に続いて、TPPにも参加しようというのである。

 21日の朝日新聞の記事にあるように、トランプ米政権がTPPから離脱し、アジアで存在感を低下させるなか、中国が米国の「空白」をさらに突いた形だ。

拡大G20の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2018年11月30日、ブエノスアイレス

中国が突いた米国の政治空白

 アジアの空白だけではなく、中国はアメリカ政治の空白も突いてきた。

 ただでさえアメリカでは、大統領選挙後には政治的空白が生じやすい。加えて、未だにトランプは選挙の敗北を認めようとはしない。大統領選挙で不正が生じたという主張を繰り返し、法廷闘争に持ち込んでいる。

 不正があると言っても、投票用紙が自宅ではなく勤務している軍隊に送られてきたとか、投票者が大きな選挙管理人に恐怖を感じたとか、他愛のないものばかりで、投票結果を覆すような証拠は未だに示していない。

 しかし、トランプは負けはしたが、7000万人を超える票を集めた。このうち相当な人たちが民主党に票を奪われたというトランプの主張を信じ、ストップザスティール(stop the steal)というプラカードを掲げてデモ行進をしている。

 ジョージア州の投票再集計でもバイデン勝利は覆らず、法廷闘争で勝ち目が薄くなったトランプは、今度は自己に有利なように選挙人を選ばせようとしている。アメリカ大統領選挙は、国民が州ごとに選挙人を選び、その選挙人が大統領を選ぶというシステムであるため、共和党の議員数が多い州議会にトランプに投票するような選挙人を選ばせようとしているのだ。

 これは大統領選挙の否定である。選挙人による正式投票は12月19日に行われるので、少なくとも、それまでゴタゴタが続くことになる。

 しかも、通常であれば、新大統領が来年1月20日に就任してから直ちに職務を実行できるよう、現政権は敗北を認め、政権移行チームに必要な情報を提供する慣例になっている。しかし、負けを認めないトランプは、これを一切拒否している。そればかりか、アフガンやイラクの駐留米軍の縮小等、レイムダックになった政権が行ったことのないような政策を実施している。

 バイデン新政権は、新型コロナウイルス対策という大きな課題への対応を緊急に行わなければならない。アメリカでは新型コロナウイルス感染者は日本の100倍の1200万人、死者は25万人を超えている。必要な情報が提供されていないので、新政権の新型コロナウイルス対策に混乱や遅延が生じる恐れが指摘されている。バイデンは、どこに敵がいるのか分からないのでは戦えないとトランプを批判している。

 新型コロナウイルス対策に忙殺されるバイデン新政権がアジアに目を向ける余裕があるのか。あったとしても、保護主義が台頭する中で、TPPに復帰しようとするには、国内の説得に多大な政治的努力を傾注しなければならない。

 中国は、アメリカの政治的な混乱を巧みに突いてきたと言えるだろう。


筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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