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バイデン登場で「株主第一」が変わる

ケタ外れの格差生んだ主因。日本伝統の「三方よし」に先見性

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

 米企業の規範だった「株主第一主義」の見直しが進んでいる。株主に代わり、下位にあった従業員や取引先、地域社会などのステークホルダー(利害関係者)を重視する企業が増えている。

 バイデン氏は、ケタ外れの貧富の格差と分断を生んだ株主第一主義を問題視し、「公平な経済」「中低所得層の賃上げ」を掲げている。米国の経営理論を導入し、株主重視を後追いしてきた日本企業への影響も無視できない。

ジョー・バイデン氏

エアビーアンドビーが「ステークホルダー宣言」

 民泊大手の米エアビーアンドビーは今年1月、「ステークホルダー主義」を宣言した。近々ナスダック市場に上場するユニコーンの代表格で、時価総額300億ドルと言われるだけに影響は小さくない。

 新興企業は上場によって創業者や投資家、金融関係者ら一部の人々が巨利を得るのが常識だ。それがなぜ株主ではなくステークホルダー重視を打ち出したのか。

 同社は「従業員や、宿泊先を提供するホスト、宿泊するゲスト、事業を展開するコミュニティーに配慮する必要がある。それが長期的に安定した成功につながる」と明快に説明する。公益を重視する新しい経営スタンスと言えよう。

トップ企業のCEOたちが「株主第一主義の修正」を発表

 これまでステークホルダー主義の有名企業と言えば、スターバックスだった。お客に居心地のいいサードプレイス(家庭・仕事に次ぐ第3の居場所)を提供するには、何より従業員が明るく楽しい雰囲気でなければならないという判断があった。

 2019年8月には、米主要企業の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブル(日本の経団連に相当)が、「従来の株主第一主義を修正し、従業員や地域の利益を優先する経営に取り組む。全ての米国人の利益を追求する」との声明を出した。

 この声明には、同団体の会長会社であるJPモルガン、アマゾン・ドット・コム、ゼネラル・モーターズなどトップ企業のCEO181人が名を連ねた。同団体はこれまで「企業は主に株主のために存在する」と明記していたので、180度の転換だ。

ケタ外れの格差、富裕層の上位1%が32%の富を握る

 CEOたちは自分の報酬を引き下げるとは言っておらず、額面通りには受け取れない。しかし、声明の背後に「このまま格差が広がると、アメリカ社会は分断を超えて崩壊する」という経済界の危機感があることは確かだ。

 FRB(米連邦準備理事会)の2018年調査では、富裕な上位10%の人々が全米家計資産の70%を握り、更に上位1%の人々だけで32%を握る。下位50%の人々は合計しても1%にすぎない。

ymgerman/Shutterstock.com

 声明当時、民主党内では、大統領選挙に向けて反企業色が濃いバーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏が躍進しており、経済界は国民の間に高まる企業批判をかわす必要があった。

 また1980年代以降に生まれたミレニアル世代の6割は「会社の主要な目的は利益追求より社会貢献だ」という考えを持っているとされる。企業がいい人材や投資マネーを集めるには、影響力を無視できなくなっている。

ROEを高め、株主利益の増大させてきた経営者

 では、株主第一主義にはどのような弊害があるのだろうか。

 株主第一主義で重視される経営指標はROE(株主資本利益率)である。株主が投資したお金(分母)に対する当期利益(分子)の割合を示している。当期利益は配当可能なので、ROEが高いほど株主への配当を増やし、株価を高くできる。

 ROEを高くするテクニックはビジネススクールで教えてくれる。人件費の抑制、従業員のリストラ、研究開発費の抑制などで、1980年代以降、米国では経営者がROEの数字を競い合ってきた。

 また余剰資金を原資にして自社株買いをし、株主への利益配分を増やすことも盛んになった。その分、資金が研究開発や設備投資、従業員の待遇改善に回らなくなり、長期的な成長を損なう恐れがある。

「CEOゴロ」まで登場する株主第一主義の弊害

 株主第一主義を批判し「公益資本主義」を唱えるベンチャー投資家・原丈人氏は、著書「増補21世紀 国富論」の中で、企業を渡り歩く「CEOゴロ」の生態を紹介している。

 彼らは業績の悪い企業に目を付けると、「再建」を売り込んでCEO に就任する。先のような手法でROE を高くし、株価が上がると、自らストックオプションを行使して巨利を手にする。そして次の企業に移っていく。

 弱肉強食の犠牲になるのは、いつも労働者である。株主利益が優先される結果、富裕層はより豊かになるが、労働者の賃金は上がらない。

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