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アメリカの政治的空白を狙って米中摩擦に備える中国。日本がとるべき対応は?

RCEP署名、TPP参加に積極姿勢、輸出管理法施行……対外活動を活発化する中国

武田淳 伊藤忠総研チーフエコノミスト

TPP参加表明、輸出管理法施行の狙い

 その余勢を駆って参加を表明したTPPは、中国にとってハードルが高いだろう。関税撤廃率だけをとってみても、RCEPは品目数ベースで91%、日本から中国への輸出に限れば86%にとどまり、TPPの95%はそれらを大きく上回る。

 そのほか、TPPには、RCEPで取り扱われなかった国有企業に関する規定がある。現在は、国有企業の存在が大きいベトナムやマレーシアなどに優遇措置が適用されており、中国も同様の措置を求める可能性はあるが、経済規模の大きい中国に優遇措置を認めると、公正・公平な自由貿易を促進するというTPP本来の趣旨が薄れてしまうため、望ましい選択ではない。将来的に米国の復帰を求めるのであればなおさらであり、日本を中心とする現在の参加国がハードルを下げてまで中国の参加を促すとは考え難い。

 中国が施行した「輸出管理法」は、先端技術や戦略物資の輸出管理を強化する法律であり、対象に指定された品目は、安全保障上の理由などによって特定の国への輸出を差し止められるようになる。今のところ、暗号通信に関する製品や技術が対象リストに挙げられた程度であるが、日本企業の間では、今後、対象がレアアースなどにも広がるかどうかに関心が集まっている。

 中国が輸出管理法を導入した真の目的は、いよいよ本格運用が始まる米国輸出管理改革法(ECRA、2018年成立)への対抗だとの見方が専らである。この米国法は、もともと安全保障上の観点から、軍事転用が可能な品目に限って輸出規制していたものを、対象範囲を先端技術や防衛産業の基盤技術に拡大したものであり、事実上の技術流出防止策である。対象は中国に限らないが、中国を念頭に置いたものであることは疑う余地もない。

 要するに、勝算不明のTPP参加表明にしても、対象リスト未整備の輸出管理法にしても、米国に政治的な空白が生じる今のタイミングが重要だったことは明らかである。その意味で、まずは米国を牽制することに主眼が置かれていると言えその実効性は今後の中国の取り組み次第であり、来るべき米中摩擦再開への備えという側面があるとみておくべきだろう。

拡大2020年9月22日、国連総会でビデオ映像による一般演説を行う中国の習近平国家主席=新華社

五中全会で見せた長期戦の覚悟

 中国は、内政面でも、米中摩擦の長期化に備えた動きを見せている。10月に開催された重要政策を決める五中全会(中央委員会第5回全体会議)では、2035年までの中長期目標や次期5カ年計画(2021~25年)について議論された。そのうち経済に関する中長期目標として掲げられたのが2035年までの所得倍増であり、1人当たりGDPを現在の約1万ドルから15年で2万ドル程度まで引き上げることである。

 この目標は、今年までの「10年間で倍増」と比べると、年間の平均成長率が7.2%から4.7%に低下するため、コロナ前の6%台に照らしても無難なように見える。ただ、実現のためには「中所得国の罠」を超えて成長を続ける必要があり、産業構造の高度化や国際競争に耐え得るため技術力の底上げが求められる。

 その一方で、コロナ感染拡大による国際的な人材交流の停滞に加え、先述のような米国の中国に対する技術移転の制限強化が、中国の技術開発を遅らせ輸出競争力を低下させかねない。そのため、中国は経済成長のエンジンを、輸出と投資の「国際循環」に、個人消費と投資の「国内循環」を加えた「双循環」とすることで、外部環境に左右されにくい推進力を得るとともに、技術開発の内製化、ないしは米国以外の国との連携によって技術力の向上を図り、持続的な成長力を確保する方針を打ち出している。こうした動きは、米国との対立激化が長期に渡ることを想定したものと言えよう。


筆者

武田淳

武田淳(たけだ・あつし) 伊藤忠総研チーフエコノミスト

1966年生まれ。大阪大学工学部応用物理学科卒業。第一勧業銀行に入行。第一勧銀総合研究所、日本経済研究センター、みずほ総合研究所の研究員、みずほ銀行総合コンサルティング部参事役などを歴任。2009年に伊藤忠商事に移り、伊藤忠経済研究所、伊藤忠総研でチーフエコノミストをつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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