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イギリスとEUの「交渉決裂」で何が起きるのか?

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長とイギリスのジョンソン首相が、膠着しているブレグジット交渉を妥結するために、交渉期限を13日まで延長してトップ会談で事態の打開を図ろうとしている。しかし、合意が得られる見通しは立っていない。

 大きな争点は、レベルプレイングフィールド“level playing field”とイギリス漁業水域へのEU漁船のアクセスの二つである。この問題については、『英国の対EU交渉力は実はこんなに強い』(論座2020年3月11日)などで、度々説明してきた。簡単に要約しよう。

ffikretow@hotmail.com/Shutterstock.com

レベルプレイングフィールドとは?

 レベルプレイングフィールド(共通の土俵論)とは、イギリスがEUの市場に関税や割当て(quota)なしで輸出しようとしたいなら、労働や環境に関する規制や政府の補助(企業への課税)などの点で、将来ともEUの規制や政策から逸脱しないように(EUと同じような規制や政策を採用)すべきだという主張である。

 関税なしでEU市場に輸出するイギリス企業がEU企業よりも緩やかな規制等の適用を受けると、イギリス企業の方がEU企業よりもEU市場で有利になる。従来通り関税ゼロなどの条件でEUに輸出したいのであれば、イギリスはEUと同等の規制等を採用すべきだというのである。

 もっともらしい主張に聞こえるが、これではイギリスにとっては何のためにブレグジットしたのか分からない。ブリュッセルのEU本部から主権を取り戻して、自由に法律や規制を行えるようにしたいというのが、ブレグジットの核心にある思想だからである。

 ジョンソン首相はイギリス議会で、将来EUが規制を変更したらイギリスも同じようにしなければならないのかと主張している。また、EUは日本やカナダなどの国との間で自由貿易協定を締結しているが、日本などにはこのようなことを要求したことはない。

 しかも、自由貿易協定とは相互の関税等を削減・撤廃することなので、EUがイギリス市場にアクセスするのであれば、EUもイギリスと同等の規制等を採用すべきだということになるのだが、そのような側面は無視する。あくまで自らの規制等に従えと言うのである。これでは主権国家同士の交渉とはいえない。

 さらに、EUはこれに違反したら制裁措置をイギリスに課すことを要求し、その判断をイギリスが離脱したEUの最高裁判所にあたる欧州司法裁判所に行わせるとしている。

 ジョンソン首相にとっては、イギリスの主権を制約するような要求を飲むわけにはいかない。理はイギリスに、非はEUにあるように感じる。

こじれる漁業問題

 イギリス漁業水域へのEU漁船のアクセスとは、イギリスがEUから離脱する前は、イギリス漁業水域もEUの漁業水域の一部なので、EUの共通漁業政策の下で、フランス、オランダ、デンマークなどのEU加盟国の漁業者にはイギリス漁業水域での漁獲割り当てが認められていたので、これを離脱後も認めろというものである。

 イギリスの漁業水域は漁業資源が豊富で、ここでこれらの漁業者はEU全体の漁獲量の4割を採っている。国全体では漁業は極めて小さな産業だが、地域経済では政治的に重要な産業である。

 イギリス漁業水域では、ブレグジット後はイギリスが主権的権利を持つので、イギリス政府が資源量等を勘案しながら毎年各国に割り当てることになる。2020年中にイギリスと合意できなければ、2021年からEU加盟国の漁獲割り当てはゼロになる可能性がある。ここで圧倒的に強い立場にあるのはイギリスで、EUはイギリスにお願いする弱い立場である。

 EUはイギリス漁業水域で漁獲させないなら、自由貿易協定を拒否してイギリス産の魚に関税をかけると圧力をかけているが、WTO協定上せいぜい20%程度までの関税しか課すことはできない。少しばかり輸入が減るぐらいで、輸入を禁止するまでにはいかない。逆に、関税が高くなると、値段の上がったイギリス産魚を買うのは、EUの消費者である。

 レベルプレイングフィールドでEUが立場を譲らないのであれば、イギリスは一切漁獲を認めないと主張できる。イギリスからすれば、EUがイギリス漁業水域内の権利を主張するのは、これまた主権の侵害だということになろう。

大変ではない今回のノーディール

 イギリスは譲歩できないものを要求されている。公平に見れば、譲歩するのはEUの方だ。私から見ると、どうしてEUがこのような主張を行うのか理解できない。

 しかし、フォンデアライエン欧州委員長はフランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相などの圧力によって譲歩できない。欧州委員長はEUの大統領のように思われているが、実際にも制度的にも、主人である加盟国の意向を無視して行動することはできない。結局双方が譲歩できない以上、イギリスとEUのトップ会談は不調に終わりそうである。

Ilyas Tayfun Salci/Shutterstock.com

 そうなると、ノーディール“no deal”となって大変だと言われているが、これは同じノーディールでも昨年末までの交渉で言われた「合意なき離脱」“No Deal Brexit”とは異なる。

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