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菅総理、「血と汗と涙」の中小企業をいきなり淘汰するのですか?

中小企業社長は「物語」に感動する!現場のプロが「中小企業の強靱化策」を提言します

川原慎一 事業再生コンサルタント

 中小企業の生産性を向上させ足腰を強くする仕組みをつくるため、菅総理が中小企業の再編促進を進めるように関係省庁に指示した。M&Aをしやすくなる仕組みや企業同志のマッチングの仕組みの整備が検討され、菅総理の中小企業政策の柱となる。

 この政策の実現性に対して、現場で約18年間中小企業の再生をサポートしてきた立場から、現実をふまえてこう提言したい。

 一言で言って、生産性を高める為に業界再編を促すM&Aをしやすくする政策はありだとしても、中小企業の淘汰を目的とした政策はあってはならない。所謂負け組を作る政策はありえないからだ。

 中小企業を守るための中小企業庁が、目的と真逆の政策をとるべきではない。

筆者横顔 〈川原慎一 かわはら・しんいち〉
 1955年東京生まれ、大学卒業後10年でサラリーマンから独立し、ITベンチャーの世界に入るが、資金繰りの悪化から経営破たん。自身が資金調達していた「腎臓売れ!目玉売れ!」の悪質商工ローンとの交渉をきっかけに、事業再生の世界へ。闇金・街金との攻防を通じて交渉術を身に着ける。自宅を競売から守る為の債権者交渉など数多く対応する。
 バブル崩壊後は債務超過に悩み、資金繰りに苦しむ数百社の経営相談に対応しながら、日本全国で講演。メガバンク、地銀、信用金庫などの金融機関の事情に精通しながら自ら交渉するとともに、15年にわたり中小企業の銀行交渉を指導。不動産投資ファンドにも参画し、大手では組成不可能な小型で、債務超過の商用ビルなどを再生。
 <銀行に頼らない資金調達>を喚起。私募債や、投資ファンドの組成、クラウドファンディングの利用などを呼びかける。2011年そのノウハウをまとめた「先輩!お金の相談に乗ってください」を東洋経済新報社より発表。
 赤字の中小企業に特化したM&Aをコーディネイト。赤字事業の売却をいかに進めるかをレクチャーし、買い手には赤字の事業を買収し、いかに相乗効果を出すかを案件ごとに説明し、売却交渉を進める。M&Aのノウハウと経営者の苦悩と決断を著した「下町M&A」を2014年末に平凡社新書より発表。2016年6月経済産業省・中小企業庁から「中小企業の経営改善に関する研究会」の委員に招請され就任。現在も活動中。

前向きな施策で決断を促すべき

 それでは力強い中小企業を増やして行くにはどうすべきか? 実務的に考えていきたい。

 まず現状を見れば、全国の中小企業の4割が銀行債務を棚上げしている(所謂「リスケジュール、リスケ」)。中小企業の4割が業績不調であり、改革が必要とされているのが現実だ。

 これをどうするか? 本来リスケジュールはその企業が自ら抜本的に問題を解決し、再生を果たし、2年後からは銀行返済を再開できるようになることが目的だった。つまりリスケとは「企業再生までの猶予期間」だったのだ。

 ところか現実には、返済が進まなくても貸し手(金融機関)の債権は不良債権とせず、借り手の債務は利払いだけで済むことから、何年もリスケをしたままの企業が数多く存在する。金融円滑化法が施行され、リスケの延長が行いやすくなったからだ。

 これでは生産性の向上が図られないだけでなく、本来なら市場から退出すべき企業が低い生産性と低賃金で「生き残り」、業界全体の新陳代謝を弱めてしまう。

 この問題は、地方銀行の不良債権問題と表裏一体であり、菅総理が主張している地方銀行の整理とつながっている。

 そこで、これから政府がとるべき対策は、リスケしている企業には改めて2年のリスケ期間を与え、元金返済を当初の計画通りにできるまで経営改善を促すことだ。

 銀行に対しては、企業がこれを実行できない場合は不良債権として扱うように指示する。これを徹底することで、企業と銀行に改めて緊張感を与え、自助努力を促すことになる。そして2年後に一定の基準の経営内容になっていなければ、抜本的な解決策をとったり、ソフトランディングとしての廃業や、他社とのM&Aなどの計画を促したりする。政府や地方自治体は、これをサポートする政策を作成して実行する。

 つまり、いきなり「淘汰」するのではなく、改めて2年間のリスケのチャンスを与えることで、中小企業の生産性向上を図るのだ。

kotikoti/Shutterstock.com

中小手企業は血と汗と涙でできている

 ところで、中小企業の事業主は3つの言葉を嫌うことをご存じだろうか。3つの言葉とは「M&A」「廃業」「相続」だ。

 中小企業は、資本の論理でできているわけではない。株主(オーナー)と経営者は同一であり、借り入れには個人保証をしている。殆どが血縁を基本とした経営体制であり、経営者といえども社員と共に現場で汗をかき、いざ会社の解体や危機となれば、冷静な判断より「情」が優先されてしまう。

 つまり中小企業は資本でできているのではなく「血と汗と涙」でできている。その事業はビジネスではなく、事業主の生き方そのものだ。だから経営者は、事業が自分の手元から離れるような現実は身を切られる思いなのだ。

まず手掛けるべきは機運を盛り上げること

 この血と汗と涙を乗り越えて、抜本的な解決に向かうには、社会全体が中小企業の合従連衡を理解することだ。具体的にはM&Aや積極的な廃業を推進する事業主に対して、「時代にあった判断だ」と評価する機運を盛り上げること。そこは政府や省庁が苦手とする分野だから、民間の力を利用すべきだ。

 そのときのポイントは、「将を射んとする者はまず馬を射よ」だ。このたとえは少し失礼になるかもしれないが、あえて使わせていただく。

 事業主(社長)が真剣に意見を聞く相手はだれか?

 苦労しながらも事業を継続発展させてきた事業主は、まじめで働き者が多い。反面頑固でもある。過去の成功体験から、事業から簡単には退けない。周囲が想像するよりプライドが高いと考えるべきだ。こういう人は、部下や外部の人間の提言を簡単には聞き入れない。

 唯一意見を聞く相手は、つまり射るべき馬は奥方を中心とする家族だ。

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