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 先日放送されたNHKスペシャル『2030 未来への分岐点「飽食の悪夢~水・食料クライシス」』は、食料危機で日本にも飢餓や暴動が起きかねないと警告するものだった。

 しかし、果たして食料危機は起きるのだろうか? NHKスペシャルのファクトチェックを行うとともに、この番組が必ずしも十分には提示しなかった「では、日本は何をすべきか」を検討しよう。

NHKスペシャル「飽食の悪夢~水・食料クライシス」

 細部までフォローできているわけではないが、番組はおおむね次のようなものだった。

拡大NHKスペシャル『2030 未来への分岐点「飽食の悪夢~水・食料クライシス」』(NHKホームページより)

 計算上は、世界には全ての人に必要なカロリーを提供する穀物生産がある。しかし、飢餓人口が増加し8億人に達している。その理由は、先進国などに肉の消費が偏っているからである。牛肉1㎏を生産するのに、6~20㎏の穀物が必要となる。穀物の3分の1は家畜のエサに使用されている。

 その穀物を生産するのに大量の水が必要となる。大量の穀物を使用する牛肉では、1㎏の生産に風呂77杯分の水が必要となる。日本が食料を輸入することで間接的に輸入している水は日本の年間の水使用量に匹敵する。このため、生産国では地下水が枯渇している。穀倉地帯であるカンザス州の農地に地下水を供給しているオガララ帯水層は10年間でなくなるかもしれない。干ばつが起きた南アフリカではワイン生産のために水の囲い込みを行っている。ワイン1本にスラム街の人が必要とする2週間分の水が使われ、先進国の我々はこうして輸出されたワインを消費している。このような食料生産は持続可能ではない。

 食料生産の偏りを生むきっかけになったのは、1960年代の緑の革命である。緑の革命は、農薬や化学肥料を大量に使用して収量を飛躍的に増大させた。また単一品種の大規模栽培が実現し、食料の生産国と消費国がはっきり分かれるようになった。現在では食料輸出の80%以上を20か国が独占している。トウモロコシの場合は、アメリカやブラジルなど5ヶ国が75%以上を輸出している。

 水や食料に偏りがある。温暖化によってこれらの国が同時不作になって輸出が制限されると、世界中で飢餓や暴動が起き、食料の生産はさらに不安定化する。レバノンでは、スーパーに食品があふれているのに、多くの人は高くて買えない。日本でも数%の確率で暴動が起きる。途上国では、欧米資本によるカカオ、コーヒーなどの商品化作物のプランテーションのために、多くの小規模農民は土地を奪われ、森林を伐採して農地を切り開いている。

 他方で、生産国では農産物の価格維持のために、生産物の3分の1が廃棄されている。さらに、先進国では食料の3分の1は廃棄されている。この食品ロスに対する取り組みも開始されている。

 温暖化ガスの4分の1は食料システムに由来している。これを解決しようとして、大豆から作られた人工肉を生産・消費しようとしたりするなどの取り組みも行われている。穀物による牛肉等の生産に比べ、人工肉は水の使用や温暖化ガスの排出を9割近く削減できる。また、食生活を見直すため、牛肉や豚肉の消費を先進国では8割、日本では7割削減することが提唱されている。アフリカでは、小規模農民による不耕起栽培によって肥料・農薬や水の利用を抑え生産を増加させようとする取り組みが行われている。

 さらにまとめると、「先進国が肉を消費するために、大量の穀物、間接的には大量の水が食肉生産に使用されている。これが水資源の枯渇を生んでいる。さらに、緑の革命の結果、世界の輸出国は少数の国に独占されている。他方で、先進国では大量の食品ロスがある。飽食を改め食生活や生産システムを見直すべきだ」ということだろう。

 飽食に警鐘を鳴らすことは良いことであるし、食品ロスは減少すべきである。穀物によって食肉を生産することは、環境問題を引き起こすとともに、草で飼養された肉に比べオメガ6が多くなるので健康にもよくない。世界的には畜産は牛のゲップにより温暖化ガス(メタン)を大量に放出するという問題もあるので、縮小すべきという方向に向かっている。さらに、日本の畜産は輸入穀物を利用して行われるので、糞尿を通じて大量の窒素分を国土に滞留させてしまう。それなのに、日本では、農林水産省の畜産部を局に昇格させるなど、畜産を積極的に振興しようとしている。

 しかし、番組では意欲が前のめりになって、食料危機を煽りすぎているのではないかという懸念を持った。番組で紹介されたWFP(国連世界食糧計画)の事務局長の発言の趣旨と全体的な番組の流れには、少しずれがあるように思われた。ファクトチェックをしてみよう。


筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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